富野由悠季が語る、宮崎駿の『風立ちぬ』
https://ghibli.jpn.org/report/sacla-tomino/
富野:
僕の父親はゴム製品の研究・製造を行っていました。戦時中には戦闘機や爆撃機の部品も作っていましたし、
特攻兵器の研究にも関わっていたそうです。

――世間では恋愛映画として宣伝されていますよね?
富野:
それは一般観客へのアピールであって、本質的なことではないですね。
あれは映画史上初めて、近代航空史を、そして技術者の苦悩を正面から描いた映画です。
本来は僕にとって宮崎駿監督は倒すべきライバル。
でも、今作はまったく逆で、映画のすべてがピターッと入ってきた。
どうしてここまで航空エンジニアのことがわかるんだと思って調べたら、
お父さんが「中島飛行機」の下請会社をやっていらっしゃったとか。
つまり、僕と宮崎さんは同じような環境で育っていたんです。
映画には設計ルームなどがでてきますが、その再現の細かさには舌を巻きました。

映画にはそのカプローニと夢のなかで出会うシーンがあって、
最後にもう一度カプローニに会う。堀越の“飛行機を作る”という夢は確かに実現した。
「でも、僕が作ったあれは、一機も戻ってきませんでした」と彼は声を振り絞るんです。
その瞬間、頭上をバーっとゼロ戦の大群が飛んでいって終わる……。
(感極まって)もう本当に僕は、この物語を話しているだけで駄目なんですよ。悲しくて。

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アバオアクーにバーっとGMとボールの大群が突っ込んで終わる……。
(感極まって)もう本当に僕は、この物語を話しているだけで駄目なんですよ。悲しくて。

パヤオとお禿は昭和16年生まれで、世界名作劇場では絵コンテとレイアウトで一緒に仕事をした仲