例えば1945年にもなって、九四式三十七粍砲がたった一門でM3中戦車を食い止めた時も、
待ち伏せからの側面攻撃で数両を擱座させた後に素早く人力移動、角度を変えまた射撃を続けた
(その後弾薬切れになり砲を捨て撤退ところで、砲が破壊された)