>>153 続き
25日の外交部の説明によれば、365人は24日にバス6台に分乗し、順次カブール空港に到着した。
前日に空港に入った26人は、早めにタリバンの検問での尋問と空港周辺の人波を抜けて空港周辺に留まり、歩いて入っていった人たちだった。
数字が示すように、個人がカブール空港に入っていくことは極めて困難だった。
幸い22日に米国政府が友好国に提案した「バスモデル」が可視化され、
韓国政府は翌日、米国政府とタリバン間の合意により空港に入れるバスを交渉で得ることに成功した。
タリバンがカブールに侵入した直後にカタールに撤収し、
アフガニスタン人の韓国内への移送を支援するために22日にカブールに戻った
駐アフガニスタン韓国大使館職員らの素早い措置が大きな役割を果たした。

韓国と長い間共に仕事をして慣れていたからこそ可能だった「韓国式ピラミッド連絡網」も、彼らの脱出過程で大きな役割を果たした。
大使館と韓国国際協力財団(KOICA)、バグラム韓国病院などの勤務地別に代表者を選び、すみやかに連絡が行われた。
彼らは集合場所と時間を共有し正確に集まった。
外交部高官は「連絡網が非常にしっかりしていた」おかげで「極めて効率的に動き、希望者は100%近くが集合でき、今朝無事に入れた」と述べた。
しかし、バスに分乗してからも空港に入るまで少なくない時間を要したその過程では、
新生児の健康に異常が生じるのではないかと思い、大使館職員らは安心できなかった。
幸い空港周辺の状況は、銃声が鳴り響いた15〜17日の大使館職員撤収時より安定した状況だったという。
彼らは韓国時間午後6時、無事にパキスタンのイスラマバード空港に到着した。