>>459 64式造った頃なら、重機はアメリカからブローニング完成品の無尽蔵供給を当てに出来る。
擲弾筒は試製66mmを69年から81年まで弄ってた。結局ものにならんでカール・グスタフになったが、用兵思想的に軽視していた訳じゃない。
逆に他国装備では実現できない独自構想(の当否はさておく。こちらは否定派)重視のあまり、国産技術にこだわりすぎて結局破滅したけどな。