>>615
戦国時代の陣方としては、開戦の法螺貝が鳴ったら鐘や太鼓の音に合わせて前進し、戦闘中止ないし後退の法螺貝がなったら戦闘終了と、大雑把な取り決めがあった。
あとは中央左右翼やその他の小部隊毎に武将がおり、その武将に対して伝令を送るぐらいで、細かな運用など出来なかったし、またその前提で作戦を練っていた。

そもそも鶴翼・魚鱗・雁行といった八陣の図通りの陣形が、用いられる事などほとんどなかったし、本場の中国ですら『これ勿体ぶったフカシじゃね?』と言われてた。
少なくとも、あくま図形は例えであって、そのまま使われた訳ではないという理解だった……1000年以上も前から!