>>438
この細谷説の詳細を知りたくて、本人の書いた戦艦武蔵戦闘航海記って読んでみたけど、無茶苦茶面白いじゃん

海兵団を出て、特設航空機運搬艦というイマイチな艦に配属されだけど、空母赤城の艦長まで勤めた予備役大佐の伊藤艦長に才能を評価され、航海学校経由で武蔵の見張員に抜擢された著者の手記

武蔵の檣楼が46メートル、全長が279メートルあったというのはウソというか思い違いと思うけど、この手記の末節の一つに過ぎない

赤城艦長まで勤めた人物が特設艦の艦長に左遷される現実、武蔵からせっかく生き残った将兵がマニラ防衛戦で無念に死んでいったこと(これは手塚の武蔵にも書いてあるが)、それより前にマニラを脱出できた著者が潜水艦にやられてバシー海峡で2度目の漂流をする話など、悲惨中の幸運としか言いようのない体験記は、武蔵の檣楼が何メートルあった、それがウソがホントかなどというレベルを超えて面白かった

撃沈された時の霧島の岩淵艦長がマニラの根拠地司令官として防衛戦の中で死んでいった話も不勉強ながらこの手記で知った
赤城の青木艦長、比叡の西田艦長など、沈没艦から生き残った艦長の運命は過酷だよね
上述の元赤城艦長の伊藤という人も検索にはヒットせず、正史から抹殺されたに等しい

元軍人の手記というもの、本人に悪気はあったかどうかは別にして、事実と違うことは大なり小なり含まれている
それを選別しながら、盲目的な全否定も全肯定もせずに、価値のある情報を読み取ることが我々には求められてるね