>>539
>537です

訳の分かってない人も混じってそれぞれ勝手に好きなこと書いてるが、オレの感想みたいなのをいくら読んでも意味がない
日本については戦史叢書がネットで公開されていて当時の事情がわかるので、随時参照すると良い

ミッドウェイ後の第三艦隊創設による戦策の変更は、戦史叢書77巻の78〜84ページあたりに書いてあるのが分かりやすい

すでに書いた通り、
・これまで臨時編成だった機動部隊を第三艦隊として建成化
・機動部隊の主任務を艦攻による戦艦撃沈から、艦爆による空母無力化に転換
・前衛には戦艦と重巡を出して、搭載水偵による索敵、機動部隊空母の航空攻撃に策応した追撃にあたらせる
このような目的があった

この変更にあたり、空母直衛戦力が減ることの批判もあったことも戦史叢書には書かれており、承知の上だったことが分かる

で、1944年2月には明治以来の戦艦艦隊である第一艦隊を解散し、大和武蔵も配下におく第一機動艦隊を創設
連合艦隊旗艦も武蔵から軽巡大淀にするなど、戦艦の決戦兵力からワークホースへの流れは止まらない

42年の第三艦隊創設では戦艦の馬車馬化は徹底を欠いており、大和武蔵は遊兵だったので遅すぎるくらいではあるんだけどね