>>361
3DOもせっかく32ビット機次世代マシンのトップランナーとして華々しく鳴り物入りでデビューしたのに、
後発のプレステやサターンが出るまでの貴重な1年間を、とっつきの悪い海外ソフトやゲームにすら
なっていない石北会系ソフトばかりを初期ラインナップで埋め尽くしたのが最大の敗因でした。

当時の家庭用ゲーム機で主流の人気格闘ゲームやRPGを最初期ラインナップに加えていれば、
もう少し状況は違っていたでしょうが、格闘ゲームはスーパーストリートファイター2Xが出たのみで、
当時最も人気を集めていた3Dポリゴン格闘ゲームはとうとう出ず仕舞いでした。

開発に時間のかかるRPGもハード末期にようやく1-2本が出たのみで、もやは焼け石に水でした。

それに3DOはなまじ早く出過ぎた分、後発のPSやSSに比べると3D描画性能に劣る為、それらの
機能を生かしたゲームで勝負するのは困難でした。

そうこうする内にサードパーティーは次々見切りを付けていき、1995年半ばには早くも勝負が付いて
PC-FXと共に次世代ゲーム機レースから脱落しました。