>>474

「貴様、自分一人で戦争してきたような本ばっかり書きやがって。評判わるいぞ」
と声をかけてきた元上官の塚本祐造(終戦時少佐)と坂井がつかみ合いの大喧嘩になったことがある。
坂井が「B-17を最初に撃墜した零戦パイロット」(じっさいにはこの空戦で機銃弾を1発も撃っていない)であるとか、「小隊長として自分の列機を一度も失わなかった」(昭和19年6月24日、硫黄島の邀撃戦で自らの3番機、4番機を失っている)など、事実でない話が一人歩きする。坂井自身が「戦果を誇るのは唾棄すべき」とまで考えていた撃墜機数も、マーチン・ケイディンが創った「64機」がそのまま定着した。