ミッドウェイの敗因を振りかえるに、「OPCON(作戦統制権)」と「TACON(戦術統制権)」の違いについて、よくよく考える必要があります。
南雲中将には、OPCONは無かったでしょう。それなのに、いつまでも、いつまでも作戦上の誹謗中傷を受けるもんだね。

後の南太平洋では、山本五十六の連合艦隊司令部がしゃしゃり出てきてなかったので、ほぼ南雲司令部にOPCONがあった。
敵空母との間合いを南雲と近藤でコントロールできた。
だから五分以上に戦えた。

南雲が水雷専門で、航空作戦を指揮できないという先入観も問題ありです。
相手のスプルーアンスも巡洋艦屋で航空作戦は
専門ではない。

ミッドウェイ海戦でスプルーアンスは「航空専門」のハルゼーの幕僚を(ハルゼーの皮膚炎により)受け継いだが「航空専門家のいい加減さ」に心底呆れていた。
航空幕僚のブローニングは、米空母機動部隊の変針をマクラスキーに伝達し忘れ、それで南雲部隊を壊滅させた殊勲の攻撃隊は、かなりの比率が空母に辿りつけず海面にどぼん。
これ以降、スプルーアンスは「航空専門家」を信用しなくなった。
これが、後々の第5艦隊と第7艦隊の対立、スプルーアンスの幕僚長のムーア解任事件に繋がる。