>>664
>ゲイ線沿いに救護出来る何処が有るとは思えないんだが。

確かに芸備線沿線には大病院や陸海軍の大規模な施設は無いものの、日本全国に及んでいた空襲により、
大勢の罹災者が出ていた為、未だ戦災の及んでいない山村部や田舎でも、都会から焼け出された人達を
それぞれの地域で分担して一時収容したり、治療する為の体制が作られていました。

そして被爆当日に広島駅から発車した避難列車も、沿線部で負傷者を収容可能な施設(学校や役場や寺)
などに被曝負傷者を順次降車させていきました。

もちろん個々の施設で収容可能な患者数は限られていましたが。