「劣等官僚だった玉木ごときのいいようにさせるな」
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玉木氏は1993年に旧大蔵省に入省し、政治家に転身するまで12年間在籍したが、
外務省や内閣府など他省庁への出向が多く、主計局や主税局のエリートコースを歩んだ有力OBからすれば「落第生」そのものに映る。

「そんな輩がたまたま衆院選で議席を伸ばし、政局のキャスティングボートを握ったからといって、親元の財務省叩きに興じる様子が我慢ならない」
(元事務次官)と、近親憎悪の感情をたぎらせているわけだ。

実際、財務省内の評価で、93年入省組は石破首相秘書官を務める中島朗洋氏と主計局次長の吉野維一郎氏が、若手時代から将来を嘱望された第一選抜。
同じく政治家に転身し、岸田文雄前政権で官房副長官として辣腕を振るった木原誠二氏でさえ
「次官レースには手が届かない二線級。玉木氏はそれ以下」(別の元次官)と見られてきたという。

それだけに、財政や税制をかき回されては、「霞が関最強官庁の名が泣く」との思いを強めているのだろう。