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アゼルバイジャンとアルメニアの話題で米原万里のエッセイ思いだした
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>わが市長さんが返礼のスピーチをする番になった。琥珀色の液体が注がれた杯を嬉しそうに眺めながら、
>「いやあ、私はアルメニアのコニャックが大好物でしてねぇ」ときた。顔面がひきつるのが自分でも分かった。杯の中のコニャックは、言うまでもなくアゼルバイジャン産。
>平均的日本人に較べてかなりインテリ度の高い市長さん(何しろ岩波書店の「世界」である)も、やはり民族感情に恐ろしく能天気な日本人共通の特性を発揮してくれたのである。
>民族紛争に揺れる世紀末の世界で、日本人のこの音痴ぶりは絶滅寸前の朱鷺なみに珍だ。
(中略)
>世界中で通用する英語を母語とする人々に対して常日頃歯ぎしりするほどの恨めしさと不公平感を抱いていた私だが、日本語が国際語でないことを、この時ほど天に感謝したことはない。
>それでも「アルメニア」と「コニャック」という音声は、アゼルバイジャン側にも伝わり、途端に空気が張りつめた。
(中略)
>「先生と一緒にここでなぶり殺しになるのは、ごめんですからね」
と、それでも気がとがめたのか、市長の耳元に口走ると、私はこわばる頬に懸命に笑みをこしらえつつ意図的に誤訳をした。
>「いやあ、今までアルメニアのコニャックが世界一かと思っておりましたら、お国のに歯も立ちませんなあ」
>たちまち聞き手一同は相好をくずし、
>「さすが、日本の方は賢明だ。カフカス三国の中で、たしかにアルメニアのコニャックは世界一なんですよ。グルジアのはソ連一、そしてわがアゼルバイジャン・コニャックはカフカス一なんですねえ」
>と上機嫌になって出来の悪い冗談を飛ばし、
>「ではカフカス一のコニャックに乾杯!」
>という無難な風向きになった。安堵のため息とともに流し込んだコニャックは、滅法きつく、苦く、舌と喉と食道を刺した。