>>199
現代の反日感情が日本軍の空襲が原因かというと、違うだろうし。
1939年には敵性外国人証を持たされ、太平洋戦争開戦時点でオーストラリアにいた日系人1141名を即、逮捕して収容所に放り込んで、戦後は東南アジア、ニュージーランド、ニューカレドニアなどからから移送・収容した日本人日系人3160名と一緒に国外追放している。

戦争の恨みであれば戦争博物館でも捕虜虐待虐待が鉄板ネタではあるが、じゃあドコで捕虜になったのかというと、シンガポール防衛のために派遣されてまるっと捕虜になったオーストラリア第8師団1万5000名を筆頭に植民地防衛のために駆り出されていたわけで、オーストラリアが、21世紀のいま、戦争の被害を、ことに日本人にやられたのだと熱心にアピールしていくと、現代の価値観とは合わない当時の英連邦の帝国主義的行動を丹念に再確認することになってしまうという。

18世紀、社会問題を解決しなくても厳罰で犯罪率は下がるんだとアタマの悪いことを言って、窃盗でも絞首刑にしてたイギリスでは、罪一等を減じると流刑となった。これがイギリスに流刑地が必要な理由で、流刑地でもあったアメリカに独立されて、新たな流刑先になったのがオーストラリア。男女比9:1の歪な社会に女性囚人だのアイルランドの孤児だのを根気よく送り込んで、男女比が1:1になったのが1900年。

白豪主義と言っても切っ掛けはゴールドラッシュの頃の中国人の所業で、中国人が「郷に入っては郷に従え」を実践していたら歴史が変わっていたかもしれんが、最終的に移民を英連邦限定になるまで絞ることになった。で、1947年にはオーストラリアの人口において、出生地がオーストラリア現地とイギリス・アイルランド「以外」は2.7%にまで減っていた。コロナで公徳心の無さが炎上してた中華系は、いま6%くらい?

南半球にあるイギリスにして、失われることがなかった新大陸。ブリカスにとっての「ボクの考えた理想の植民地」がオーストラリアの目指すところだった、と。イギリスが二度の世界大戦で世界帝国の座から滑り落ちたのでご破産となったけど。

制度として反日教育をしているわけではないので、21世紀の現代においては個人のレベルであればそれこそ当人の心持ちの話でしかない。国策とか外交とかであれば、オーストラリア単体というより、折々のイギリスの都合も照らし合わせたほうが良いのではないだろうか。