>>433
あの頃はまだ政府軍であって日本陸軍の前身と言える存在(文献上で「日本陸軍」って呼称が使われ出したのがちょうど西南戦争の頃)
構成も藩士族出身者と警官、農村からの徴募兵(農村兵)の寄せ集めで練度も士気もばらばら、だから西郷軍も政府軍なんて鎧袖一触と思ってた
熊本城守備隊なんかは精鋭だから強かったわけじゃなくて寄せ集めの弱兵故に徹底的に守りに徹したおかげで西郷軍は攻略に手こずったって顛末

あと意外と言うか日露戦争の頃までの日本陸軍は火力戦(射撃戦)重視であって、銃剣突撃の白兵主義を歩兵操典で強調しだすのはWW1の大戦以降
からになります