対米戦でまともに戦ったのは昭和17年から19年6月の2年半で、後は死体蹴り状態で何をやってもどうにもならなかった。
それは昭和15年7月にアメリカで成立した両洋艦隊法により、開戦前から時期までも正確にそうなると分かりきっていた事だった。
なので開戦後に飛行機の新規開発を始めるのは実質的に無駄な事だった。
彩雲、紫電は戦ったという実績で後世の軍オタを喜ばせただけで、無くても大局に影響無かったと言える。
開発リソースを改良に向ければ零戦52型の登場を早めるくらいは出来たかも知れず、その方が戦力的に有効だったかも知れない。
大局的に影響ないことは同じだけれど