『万延元年〜』は訳文でも通じる気がしたが、
『雪国』駒子のいい感じを、訳文は伝えられたのかね。

ドスト日本語訳も、キリスト教認識が前提だろうな。
チェーホフは日本語訳でもイケてる気がした。

哲学はおれには解らない。
和訳がどうのうこうの以前の問題として。

『ポロポロ』が出て、100年経つと史が傑作と認定するだろうと思ったが、
それ以降のコミさんはめっちゃ哲学に振った作が多く、
おれは投げた。<カント節 、ないものの存在

ここに哲学書を原文で読む者もいるのか。
びっくりしました。