日本の保守/リベラル、あるいは右翼/左翼の定義は、よその国とは違う問題を含んでることは
みな理解せんといかん。
それは日本には「国体」という、外国の政治理論家にはよく理解できない国家の定義が存在してるから。
「国体」ってのは天皇制を核にした国家の特殊な形態であって(その内容はこの際どうでもいい)、
これを推進する勢力が、日本では右翼であり保守であるとされている。

つうか、日本における保守の定義って、オレはそれ以外思いつかない。
保守かリベラルか、右翼か左翼かを分けるのは、少なくともこの国では政策の差異ではない。
「国体」という概念を支持するかどうかってことだ。

西部邁の固有名詞が出てたが、
せんせいはしつこくこれについて書いてたしメディアでも話してたのに、
この大事な核心部分を誰も理解しなかった。
だから彼は絶望して死んでしまったんじゃないかと、オレは思ってる。