>>801
優れた小説というものには、読み返すたびに新たな発見をさせられるような細部の豊かさがある。
もちろん、「夏への扉」もそうした作品の1つだからこそ、こうした場所での議論にも耐えうる力と内容がある。

>>792 が主人公に酷いことをした相手というのは、実は過去に殺人も犯しているかもしれない、とんでもない人物。

主人公が譲渡した会社の株を返却してもらおうと交渉に出向いたとき、口論となり彼女の正体をあばこうとしたとき、とっさに彼女は隠し持っていた自白剤を彼に注射し催眠状態に陥れる。
そんな薬物を持っていること自体異常だし、そのとき一緒にいた夫に吐いたセリフにも鬼気迫るものがある。

 「なにいってんのよ! 殺すのが一番手っとり早いじゃないのさ。でも、あんたにはそれだけの度胸はないわよね」

やがて主人公は、ずっと後になり、彼女について身上調査を行っており、次のことが判明する。

 数日後、探偵から報告があった。それは、想像以上にぼくの推測の正しかったことを裏書きしていた。
 ××はじつに忙しい女だった。まず、自称していたのより六年も前に生まれていたのを手はじめに、
 十八になる前にすでに二度結婚して二度とも離婚され、以後、少なくとも四度結婚しているが、そのうち
 一度は、戦争未亡人手当めあての詐欺だったらしい。
 そして一人の夫は、原因不明で死亡していた。

 ××の警察記録は、なんページにもおよぶ長いもので、きわめて興味深いものであった。ただし、なん
 どか、詐欺や横領の容疑線上に浮かびながら、実刑をくったことは一度、ネブラスカで放火か殺人級の
 重罪で収監されただけで、まもなく、どんな手づるを使ってか仮出獄を許され、刑務所を出たとたんに
 変名し社会保険番号を手に入れて、しゃあしゃあとぼくらの前に現れたわけだった。

そんな彼女に呼び出され、30年後(事情がありしかたなく)再会したとき、主人公が彼女の老いて醜い姿を読者にさらしたところで、(多くの読者は)陰湿というよりは自業自得だと感じると思う。
だって主人公が自白剤を注射され昏倒したとき、たまたまポケットの中に冷凍睡眠の契約書が入っていなかったら、主人公は(彼女に)冷凍睡眠送りではなく天国送りにされていたかも知れないわけだからね。