さて、翻訳の話に戻ると、「欠陥翻訳時評」という連載で数多の悪訳を指摘し話題となった別宮貞徳氏は、『裏返し文章講座』という本で悪い翻訳について次のように述べている。

悪訳っていうのは日本語の表現上の問題で、何度読み返しても意味がくみとれない、わけのわからない文章、読む気が失せるようなみっともない文章、要するに悪文ですね。
そして忘れてはならないのは、誤訳は無知からにせよ不注意からにせよ誰にでも起こる、病気でいえば一過性のハシカみたいなもので、大した問題ではないのにひきかえ、悪訳は悪性の腫瘍で、こっちの方がよっぽど重大だということです。

上の本ではけっこうな大家まで撫で斬りしていて驚かされるのだけど、別宮さんが批判しているのは翻訳の文章におかしな日本語が多過ぎるという点で、巻末には多数のおかしな日本語の実例とともに、プロの翻訳家を目指すならせめてこれくらいの日本語は知っていてほしいと、日本語テストまでついているという念の入れよう。
逆に言うと、日本の作家だってこれくらいの日本語の知識と言語感覚くらいは持っていてほしいという内容になっている。

以下のレベルで2つ以上誤った日本語を使う人は、1冊の本の中ではかなりおかしな日本語を使っている可能性があると思う。

 ・彼女は誰にも愛想をふりまく八方美人の人気者だ。
 ・満面に白い歯を見せています。
 ・どっちもどっちで目移りがする。

 ・複雑多岐は良くない。単純明解が望ましい。
 ・情けは人のためならずだ。そんな甘い顔をするんじゃない。
 ・夕張メロンがたわわに実っている。

 ・恋人の関心を買うことに浮身をやつしている。
 ・タレントととして神出鬼没の活躍を見せている。
 ・あの人の二の舞を踏むまいと必死でがんばりました。

 ・母が働いて学校にやらせてくれた。
 ・六本木周辺の街の稜線が変わった。
 ・思いもつかない悪い結果だ。

 ・流しに、出前のどんぶりが水にさらされたまま残されていた。
 ・熱にうなされてうわごとを言う。
 ・あらゆる不測の場合を考えて、それに備えた。