戦争・兵役を通じて広まった食事 43皿目 [無断転載禁止]©2ch.net

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2017/08/24(木) 18:31:47.05ID:nvyegQGG
辛い兵役も、暖かい食事で束の間のやすらぎ。
郷里料理が出ればお国自慢にも華が咲く。
現在何気なく食べてる食物・酒も元を質せば軍隊から広まった、
そんな想いを語ったり食べたりするスレです。

前スレ:
戦争・兵役を通じて広まった食事 42皿目 [無断転載禁止]??2ch.net
ttp://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1491324198/
871名無し三等兵
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2019/01/13(日) 22:09:15.34ID:bZlBclfJ
刀剣・サーベル・軍刀・銃剣総合スレ2
https://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1538750733/

刀剣・サーベル・軍刀・銃剣総合スレ2
https://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1538750256/

つか洋食wも食った事が無い人が居そうで
怖いです><; w 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b)
2019/01/13(日) 22:22:33.75ID:lWGxLWoh
ケサンで包囲された海兵隊員達はヘリで運ばれたステーキ食ってたけどな
873名無し三等兵
垢版 |
2019/01/13(日) 22:30:44.96ID:YgcpimdI
東ローマ帝国の歴代皇帝って言う狩りの最中に事故や不慮の死亡が多すぎ
信長の弟も狩りで一人でほっついてて死んだんでなかったか?
自分の身は自分で守るか徒党を組め、つうことやな
874じゃが
垢版 |
2019/01/13(日) 22:38:37.98ID:kfbbar1R
>>842
知らなかった
2019/01/13(日) 22:45:32.56ID:tHrhjnRX
>清は相応に戦ってる

でも清は漢民族じゃないし…元も漢民族じゃないし。

>根性試しの百人斬り

武士は超絶剣技で薄皮一枚残して首跳ねないし。
胴と首を分断しちゃうのは日本の慣例ではないのでわ?
青龍刀は西洋の剣と同様に打撃武器だから、斬るんじゃなく、ぶっ叩いて断つ感じ?
2019/01/13(日) 22:48:46.77ID:LggzJ2OW
薄皮一枚残すのは切腹の介錯の時だけだろ。
打ち首との違いをつけるため。
2019/01/13(日) 23:06:21.37ID:xhCdEwn3
食事と関係ねーだろ。
2019/01/13(日) 23:09:12.40ID:l1VSRtke
カニバリズムの話をしてる
2019/01/13(日) 23:14:56.01ID:xhCdEwn3
それならオッケー
2019/01/13(日) 23:17:05.85ID:9sJ4OiCe
宦官の埋葬には去勢した部位も一緒にするんだって
先日のラストエンペラーで言ってたw
2019/01/14(月) 00:00:12.20ID:kC3YqRQP
あのコオロギ虐待映画か。
2019/01/14(月) 00:36:40.02ID:KFZEwCMM
へその緒みたいなもんか
2019/01/14(月) 01:34:05.87ID:Yo+vsOlw
臍の緒も地域性が有りそうだが
身体の一部を切断する人も居るが
あれはどうするんだろ?

昔指の疣(正確には脂肪?が変化して表面を切っても
また出て来るだったかな)を皮膚科で焼き切って貰った時に思った
流石名医それ以降出て来なくなり非常に便利になった!

警察や消防は日常目にするらしい
自衛隊もだが日常じゃなさそう
2019/01/14(月) 01:42:35.99ID:Yo+vsOlw
おまけw
実家はお墓もあったが止めて
寺の納骨堂にしたのだが
(墓仕舞いはまだ物心ついて先日初めて行った)
じいちゃんばあちゃんが亡くなり納骨時に
古い御骨や骨壷が何となくぞんざいに扱われて
気になったwお寺では日常wなんだろうけどw
2019/01/14(月) 09:29:11.84ID:VsLlxTBo
まあ、お墓の納棺も段々になってて、キャパ越えると下の方から圧縮の為に潰して行くらしいからね。
それでも分骨の為に先祖の遺灰は混じってしまってても残されてる訳だ。
墓自体が死者の為と云うより、生者の弔う気持ちを持続させる為にあるものだと思うし、
仏教伝来以前の神道では遺体は忌む物として扱われてたって聞くしなぁ。
2019/01/14(月) 19:14:56.65ID:o63Z0Mdz
>>873
徒党組んでても身内からバッサリとな
2019/01/14(月) 19:16:06.44ID:bSdoF6fi
食事の話に戻そうか
2019/01/14(月) 19:16:58.86ID:o63Z0Mdz
遺体を食う話でいいか?
2019/01/14(月) 19:19:10.74ID:bSdoF6fi
やめてーーー
2019/01/14(月) 21:25:12.15ID:rKZ82of2
殺されたヤクザの親分を慕う舎弟達が納骨の際に寄ってたかって遺骨をボリボリ食べちゃったなんて話があったなあ
奥さんと妾と子供達はそれを茫然と見守ることしかできなかったとか
2019/01/14(月) 21:34:10.01ID:wC/B6waK
昔は鳥葬いうか野犬が食べたりだし
京都の紫野とかその名残の地名ねw

今でも土葬の風習が残る地域も
水葬や散骨がいいなあw
2019/01/15(火) 00:28:37.27ID:S77c6BS4
>遺骨をボリボリ食べちゃった

なにそのグラップラー刃牙の夜叉猿…
2019/01/15(火) 05:29:39.42ID:EEE6JnLl
火葬後の遺骨ってボリボリ言うほど固くないよね。
2019/01/15(火) 05:38:34.33ID:l8pYKrvg
隠亡の方々もテクが有り
灰でも生焼けでも駄目で
炭じゃないとあかんねん!

昔は各地に火葬場が有り
薪では全く燃えなかったらしい><;w
2019/01/15(火) 11:28:19.08ID:C6j9uhTu
戦中に亡くなった人を火葬した話を読んだことがあるけど遺体を棺桶代わりの木箱に入れて野原で薪で燃やすという方法
木箱はすぐ燃えちゃうので遺体が顕わになり焼けるに従いぐねぐね動き早く焼けるよう腹部を竹槍で突くんだけど
そこから腸がはみ出してきてそれは凄惨な光景で火葬に携わった人には丸一日話しかけちゃいけないというのも無理はない
2019/01/15(火) 12:57:52.79ID:1SxBHugQ
食事の話と関係ねーだろ。低脳。
897名無し三等兵
垢版 |
2019/01/15(火) 17:40:24.97ID:miJQxNv9
>>895
せつこ……
2019/01/15(火) 17:56:01.50ID:qK+Td1+5
唐辛子
戦国時代に日本中に広がり、秀吉の派遣した軍が朝鮮半島に持ち込んだ。そして中国へと広がった。
2019/01/15(火) 18:20:03.08ID:lN6V7XAS
半島はともかく中国はどうなん?当時中国沿岸を経由せずに直通する航路はあったのだろうか…
2019/01/15(火) 18:23:38.34ID:uy4An7lj
食事と火葬で思い出したが
以前読んだ駆逐艦乗組の人に手記に
戦死した戦友を火葬しながら握り飯を食っていたと書かれていた
確か泊地から近い所で空襲を受けたので
戦闘終了後に陸地で火葬したそうだ
戦闘が激しくなるに連れて戦死する者も多くなり
戦友の遺体を見ても何も感じなくなったそうだ
そして何時如何なる時でも腹は減り
腹が減ればどのような状況でも飯が食えたそうだ
2019/01/15(火) 18:37:53.91ID:zaIX7A73
手塚治虫「赤ん坊の手を捨てなければ食えたのになぁ」
2019/01/15(火) 19:59:28.79ID:qK+Td1+5
>>899
日本にはポルトガルから入った
南部中国とインドもポルトガルの寄港地なので同時期だろう。北部中国に関しては朝鮮半島経由だと思われる。
2019/01/15(火) 20:02:22.85ID:q4oRZbho
胡椒が高かった?無くなったから?
唐からしが普及だったかな?朝鮮

植民地下の朝鮮
火葬業者が日本から進出で
巨万の富を得たという(金歯など回収w)

火葬の薪は思いの外大量に必要で
何時誰は逝ってもいいように大量に保管された(特に田舎)
都市には大昔から火葬場が有り横浜や東京は有名
代々木上原?は古代から有るとも狼谷
大阪も色々有るね中部地方などに多いのが小さな三昧(。+・`ω・´)キリッw
2019/01/15(火) 20:02:27.91ID:qK+Td1+5
>>900
そもそもがスレ違いだし、全く驚くことに当たらない。
俺は医療関係の仕事だがただの肉がどうなってようが全く問題なく食事でもなんでもできる。
2019/01/15(火) 20:11:37.28ID:PjPD/6JM
>>902
それぐらいなら妥当かなあ、東北は海からのアクセス大変だもんね
2019/01/15(火) 22:19:21.59ID:S77c6BS4
>>904

『踊る大走査線 THE MOVIE』で検死に立ち会う事になった水野美紀に対し
「一か月はハンバーガー食えないな( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」と皆が談笑するシーンがあったが…
『羊たちの沈黙』でもスターリング捜査官が検死に立ち会ったり…ホントに大丈夫なん?

あとなんかのクライムサスペンス映画で検死解剖中の検死官が
「なんか腹減って来たなぁ…フヘヘヘヘ」
的なセリフで、立ち会ってた刑事が不快な顔するシーンもあったな。
907名無し三等兵
垢版 |
2019/01/15(火) 23:26:13.77ID:dGj43LZO
そういうのは最初から大丈夫な人と慣れてもダメな人に分かれる。
自分は幸い腐乱死体とか潰れてひしゃげたのとかに縁はないが、実験動物をしこたま解剖した直後に食事するのは平気だし、(ニンゲンの)手術中に電気メスの匂いで腹が鳴ったりする。
2019/01/15(火) 23:47:13.13ID:8xCgePPD
塾の先生は医学部でタヒ体の解剖の後は変な匂いがしていた
(ホルマリンの類らしかったw)
2019/01/16(水) 02:06:52.45ID:XCBDDv8k
>>899
フィリピンが南蛮船の一大寄港地やったぞ。
戦国時代にはマニラに日本人街もあったという。
2019/01/16(水) 02:12:24.34ID:GCZ/efVZ
タイもな
2019/01/16(水) 02:31:51.81ID:U3Qdg2Qi
ベトナムもいうか航路があったのさあ
スペイン ポルトガル オランダ 凄いよなああの時代に
平戸や伊万里に行くといい
それと天草の通詞島 今は橋が架かるが小さな孤島

てか海に面した地域は何処も海外貿易で儲けてた(密w)
それを売り捌く為の内陸の支藩があったりする
大概交通の要衝にな
2019/01/16(水) 02:51:52.19ID:W7y1Hchc
ベトナムは中部の、ツーラン(今のダナン)とフェフォ(今のホイアン)に日本人町があったが
いずれもベトナム中部だなあ
913名無し三等兵
垢版 |
2019/01/16(水) 14:19:31.92ID:Yo6P29RB
有田ポーセリンパークのツゥェリンゲン宮殿を模した博物館で東インド会社の紋の入った陶器を見た
マイセン窯を作るきっかけとはすごい

戦争なんかしないで商売して儲ける気概は学ぶべきだな
WW2初期に中国ととりあえず休戦して
スペインみたいに日和見決めて商売に徹してたら
どうなってだろうか?
2019/01/16(水) 14:52:12.98ID:BvZ077HR
不景気で都会に失業者があふれ農村も疲弊する一方という状況で
国民を食わせるほどの輸出産業が何かあるかというと厳しいだろうなあ
国内で吸収できない労働力は海外へ入植させるしか手が無かったし
その解決策が満州国だったわけだし
2019/01/16(水) 15:04:14.95ID:vNg+jU5i
飯に1ミリも関係ない話だな
2019/01/16(水) 16:23:02.42ID:bshvkvGm
トンキン湾事件が20年ちょっと早く起きていたと思うな。
2019/01/16(水) 16:47:43.27ID:jLEV4uNw
ブラジル丸とかの移民船での食物はどんな物だったのだろ?
船中で自炊は出来ないだろうから食堂とかで食ったのかな?
2019/01/16(水) 17:03:12.03ID:ym04WJy4
>>917
食事はちゃんとした日本食が出て快適だったとみんな書いてる
最悪なのはアマゾン川を遡る河川船だったらしい。暑くて飲水もなくてアマゾン川の水を飲めと言われて驚いたとか。
2019/01/16(水) 19:12:23.50ID:dXNGk2Vu
>>917
移民船じゃないんだが、日本出発の
太平洋航路での話。
1等客室では、毎日洋食が食える。
3等客室だと、主食が麦ご飯で一汁一菜だったそうだ。
ただし、時々だが船のボーイが缶詰なんかを
3等客室に売りに来てた様子。
また、3等客室の人が食事してる所が、1等客室の人が居る
デッキから見えてたようで、1等客室の日本人が
「あ、ご飯が食いてぇ・・・」
とか言いながら見ていた、とかなんとか。
2019/01/16(水) 19:30:44.19ID:ZW68keta
ブラジルに移民した祖父の兄の手紙を解読するとインドのセイロン島や南アフリカのあちこち寄港しながら向かったようで
現代の客船なら寄港地ごとに現地の食材を仕入れつつ提供してるとこだけどひたすら和食だったらしい
当時の農村出身者ならご飯と味噌汁と干物が出れば特に文句なんか無かったんだろうけどね
2019/01/16(水) 20:19:08.49ID:TrmoFvNg
物珍しさで食べてはみたいとは思っても、毎食洋食となれば体が拒否反応を起こす人は少なくなかっただろうな
海軍の下士官兵は食事が官給だったが、パンを出したところ大いに不評で撤回するなんて話もあった
2019/01/16(水) 20:46:25.31ID:qwPbfgZx
下士官兵
2019/01/16(水) 21:17:45.49ID:03GdKheR
そこでみんな大好きカレーライスの出番
924名無し三等兵
垢版 |
2019/01/16(水) 21:47:26.80ID:zn6etnU9
一日一食をパン食にしようとしたら
兵が不穏な空気になったと言う話があったな。

強行してたら反乱になりかねんと。
2019/01/16(水) 22:19:24.88ID:ym04WJy4
陸軍もそうだが、麦飯しか食べられない水呑百姓の次男三男でも白米が食えるというのが旧軍の売りの一つなんだからソレを反故にされたら怒って当然。
926名無し三等兵
垢版 |
2019/01/16(水) 22:56:22.66ID:b3IWgrEr
>>925 江戸時代の小作人は、麦ばかりでなくわりと米を食っていたというんだけどな。
ただ、玄米が一般的だった。明治時代にしても、麦が混ざるが米の飯を普通に食べていたと思うのだが。
2019/01/16(水) 23:12:10.07ID:WczsR2wc
それに比べて、今ではある程度パン食も取り入れないと逆に不満が出るだろうな
特に朝食はパン派が多いのでは?
2019/01/16(水) 23:21:20.65ID:N/9E766L
それは軽労働だからではないだろうか?>朝はパン
がっつり体力使う部署は三食ご飯がいいのではないか。
2019/01/16(水) 23:24:08.38ID:ZW68keta
飛騨の山奥みたいなとこだと大麦どころかヒエやアワ、さらにはヒエヌカなんか加えて食べていた
そういう地域の兵隊は体格が小さいと明治時代ですら問題になってたけど体力は現代人よりありそう
飛騨の製糸工女とか10代の女の子が粗末な格好で冬の野麦峠を徒歩で越えてるけど現代人なら死んでる
荷運び人足の中には100キロ超を担いで山道を行き来したとか超人的だし
930名無し三等兵
垢版 |
2019/01/16(水) 23:34:12.48ID:b3IWgrEr
>>929 >荷運び人足の中には100キロ超を担いで山道を行き来した
誇張された話が伝わっている可能性。山小屋に荷物を運ぶ強力にしても40s程度が限度。
2019/01/16(水) 23:37:26.95ID:bd9qrZq3
合力は100kg超えいけてた
少なくとも20年前の合力は
2019/01/16(水) 23:42:00.81ID:ym04WJy4
>>926
農民はね。小作農は農民じゃないぞ農民の使用人みたいな立場。
933名無し三等兵
垢版 |
2019/01/16(水) 23:43:36.18ID:b3IWgrEr
>>929
稗や粟といった雑穀は、白米を若干上回るくらいのカロリーがあり、タンパク質は米を上回る。味や食感を問題視しなければ雑穀の方が健康食。
http://www.dm-net.co.jp/calendar/2006/004939.php
2019/01/16(水) 23:44:48.99ID:ym04WJy4
書き方が悪かったな。
身分的には農民だが、江戸期とかの人別帳を見れば分かるように水呑百姓と本百姓は明確に区別されてる
水呑百姓は想像を絶する貧しさだったらしい
2019/01/16(水) 23:47:59.88ID:ym04WJy4
>>933
白米で脚気になるしね。〇〇が旨いっていうのは文化的先入観とか思い込みが大きいだろう。
戦中にオーストラリア人捕虜が可哀想だと思って貴重な牛蒡を食べさせたら木の根を食わされたと言って戦犯問題にもなったことがあるし。
直江津捕虜収容所事件。
2019/01/16(水) 23:49:17.11ID:bd9qrZq3
旧軍の一日定量は五合五勺くらい(時代により上下に幅あり)なんで、パンにするとカロリーは明らかに足りなさそう
同じカロリーだとパンだと2.5斤くらいになるか?
パンの1日定量がわかれば解決するが
2019/01/17(木) 00:08:02.46ID:EaSLEhZp
まあ現代でも刑務所の麦飯と規則正しい生活で糖尿病の囚人が投薬不要なレベルに病状が改善された
…なんて報告があるけど今や麦は白米より高価な健康食と化してるからなあ
938名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 00:14:14.51ID:VXIExIaE
>>934 水呑み百姓や小作人で、農業以外の副業もやっていた連中が相当数いたことも考えないとね。
私の母方の実家は戦前は小作人だったが、檜を加工してわっぱなどの木製品を作る副業もやっていた。
狩猟や漁労、さらには運送など、各種の副業(こちらの方が主だったのかもしれないが)やりつつ、農地を借りて米を作っていた小作人もいたわけで。
2019/01/17(木) 00:36:02.68ID:3o8IPQN/
そういう連中は農地改革が有難かったろうね
2019/01/17(木) 00:37:42.34ID:3o8IPQN/
いまは五穀米なんかを美味いとか栄養があるとか喜んで食べてるんだよなぁ
昔の兵隊さんに出したらどんな反応になるだろう
2019/01/17(木) 00:58:01.42ID:IHErZz/G
米作の北限が上がったのは戦後だぞw
それまで東北は雑穀やあ
それと山間部も陸稲くらいで知れてる
てか農家も武家同様長男や長女が跡継ぎ
他は嫁に行くか養子それ以外は一生使用人の身分やあ><;w
(まあそれ以外は商人や職人に坊主や神職にもなったのさあ口減らしw)
その最後の人が最近まで生きてはったとか
それだけ人口増加に食物生産が追い付かなかった
特に山間部僻地島嶼とかな

だからうどんやそばの産地は分かるなw
2019/01/17(木) 01:09:12.09ID:g5HV2+gn
>>939
一番困ったのは寺社なw
それも檀家などを持たない所
荘園で食ってたのが無くなって
僅かな残りも誰がやるのよだしw

話題の新潟には1000町(ヘクタール)餅の庄屋が
3軒あったらしい(1町=1ヘクタールは100*100mなw)

大土地所有は金利の改正で全国に発生した
それでも年利10%前後だったかな
どれだけ近現代の金利が悪どいねんw

(おまけw質屋の金利調べてみw
今でも笑えるしw)
943名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 01:31:16.22ID:VXIExIaE
>>941 昭和の初めには北海道上川盆地でも盛んに稲作が行われているんだが
>>942 新潟の大地主がむしろ例外で、日本は地主の規模が比較的小さかった。
だから農地改革が成功した。タイのような大地主が主流で地域で強い政治力を持っていると、農地改革は失敗する。
2019/01/17(木) 01:51:57.07ID:s1U4EKy9
石川県と言うか金沢藩も江戸期の政策のせいでものすごい大地主
新潟石川以外にも色いろあると思うよ
2019/01/17(木) 02:00:35.17ID:HfOBNCFX
全国に発生した大地主は年貢云々で土地を担保に貸付
以前は低金利を幕府が改悪で大発生した
酒田の本間家とかも好例

本家が所有で分家なんてのはほぼ無いから
都市流民や副業を本業にするしかなかった
結婚出来る人は稀だった
946名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 07:13:11.16ID:PzzHb4YB
根セロリや富士アザミの花を食べる連中がゴボウに文句を言うのはお菓子い
947名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 07:18:06.73ID:PzzHb4YB
WW1の輸出で荒稼ぎした成り金は何をうってたんだ?
日用品?缶詰?粗悪な船?

WW2でも日本は参戦せずとも交戦国、中立国向けにいろいろ商売できてたろ
それが飢餓輸出としても
948名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 07:19:16.12ID:g7OAWSar
 
Q)江戸時代は貧しくて庶民は米を食べられなかったの?

A)そんなことはありません。50%〜60%は米食でした。
  昔の教科書はプロ市民系が書いたものが多く、貧しさを強調するものが
  多いので、我々国民は気を付ける必要があります。
====
●主な食物の1人1日当たり摂取量(g)

■長州藩(1840年頃)
 米 279
 麦 142
 他 微少
 -------
 計 530
 →米の割合53%

「google 図録▽食生活の変化」
2019/01/17(木) 07:37:50.29ID:p11VsjgH
長州って山口だろw
ヤマセwとか吹かねw馬鹿かw
下手すれば二毛作二期作も出来そうw

餌が腐ってたw オェェェェェ;'.・ .○| ̄|_w
2019/01/17(木) 08:38:16.25ID:4amEd7Sh
日本各地で「民百姓を食わせられるだけの雑穀は作られてなかった」てのはもう定説だと思うぞ
951名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 10:05:52.08ID:qbU273oL
青木昆陽がサツマイモを普及する農業書を広めたのは確かだが
ジャガイモやホドイモの方が向いてないか?
952名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 10:47:29.39ID:aHqLT/bi
米食でも芋やら大根やら大根葉やらを
大量に入れたり、ゆるい粥にして
食い伸ばしてたそうだからね。
2019/01/17(木) 11:01:39.25ID:dbe2Ru/0
>>926
江戸時代の食事情は完全に地域による
東北じゃあ米作は完全にプランテーションの商品食物だし
都市近郊農家はこれまた金銭収入になる野菜作って炭水化物はそれで買ってたり
農業っても繊維原料作ってやっぱ炭水化物は金で買ってるところもあるし
2019/01/17(木) 11:29:34.27ID:AqZc0YFd
>プロ市民系が書いたものが多く、貧しさを強調するものが 多いので

『カムイ伝』とかな…
でもネットで李氏朝鮮の歴史を知ると、漫画の穢多・非人の誇張以上に過酷な生活環境だった事に驚く。
955名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 12:06:07.60ID:jIEM4j/3
米の供給の増減は酒造りでバッファリングしてたんでないの?
2019/01/17(木) 12:12:48.39ID:pkK+14da
昔は食べる米と酒造用のコメは一緒だったから米が安い時期は酒造りできたかもだけど
酒蔵って何年も先まで見越して仕込みの計画を立てるからどうだろうな
単なるドブロクなら簡単ながら流通させるには厳しいし
2019/01/17(木) 12:26:09.67ID:dbe2Ru/0
てか日本酒自体が長期保存不可の生ものだし
やってやれないこともないらしいが、よっぽどうまくやらんと酢になってまうな
余剰米の調整弁なんてやってたら不作のたびに売るもんなくなるわ
実際のところ酒蔵は、不作凶作のたびに飢えた民衆に憎まれて襲撃される被害者
まあ標的にされたのは、金融業者なんかも兼ねてて富裕だったって理由も大きいが
2019/01/17(木) 12:33:16.02ID:s1U4EKy9
>>950
そりゃそうだ
常に不足してないと米に貨幣価値を持たせることは不可能
2019/01/17(木) 12:37:09.01ID:ij/ZiKgM
近代までソバが主食だった地域もあるし、サトイモが主食だった地域もある。
2019/01/17(木) 14:36:44.25ID:s1U4EKy9
関東以北とかの昔の田舎の祭礼とか調べると祭りの日は高級なモノとして大根とか芋、蓮根を食べると書かれていて驚くことがある
いったい普段はどんなものを食べてたんだと。
雑穀やそば雑炊につけものとかそんな感じだったみたい。
2019/01/17(木) 14:37:59.70ID:s1U4EKy9
田舎では麦酒も結構あったみたいだね
今は日本式の麦酒は神事でしか作ってないみたいだが。
2019/01/17(木) 15:48:38.14ID:AqZc0YFd
米が安い時期に米焼酎にすれば良かったんじゃないの?
年貢が米だから芋焼酎が発展したらしいけど…
麦酒と聞くとビールと思ってしまうw
まあ、エールとラガーの違いも様分らんけど、エール飲んだ事ないから、
製法というより、飲み物としてピンと来ないわ。
963名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 15:54:16.82ID:JVR/jAjl
保存できるというと米味噌やら干し飯か?
飛鳥奈良時代に大麦、小麦が入ってきて庶民が粥とか麦こがし、はったい粉でたべてなかったか?
2019/01/17(木) 16:07:23.02ID:s1U4EKy9
>>963
小麦を粉にするという発想が日本では希薄で奈良時代から奨励してたが殆普及しなかった。農民は麦は馬の餌とかにしたらしい
コメに対して麦は調理に極めて手間がかかるから。さらにコメ以外の雑穀が優秀だったということもる。

芋は糖度が高い芋が日本に17世紀になってから入るまで存在しなかった。

麦酒は滋賀県甲賀市の総社神社、麦どぶろくは香川県高松市で作られているので興味があるなら試してみればいい。あと雑穀酒ももちろんある。
2019/01/17(木) 16:10:52.05ID:ij/ZiKgM
昔の日本では、麦の利点は米の裏作ができる(秋に植えて春に収穫できる)事しか
評価されていない気がする。
2019/01/17(木) 17:05:01.40ID:wjXy7Yc6
小麦は水が少なくても作れるのが最大の利点
ため池で有名なあのあたりとか…
2019/01/17(木) 17:29:31.99ID:e3NdpgF6
水が引けなくて米を作れない土地では大麦を作っていたね
米に混ぜて炊くと独特の香りがしてそれが臭いメシの語源ってちょっとヒドイ
2019/01/17(木) 19:13:50.35ID:r8jGru5B
それ全粒だと思うのw
粉も全粒粉w麦 今でも麦焼酎は多い

お酒は甘酒や濁酒だし簡単(更に古くは噛み酒 猿酒w)
日本人の主食は里芋(原種がタロイモ 田芋など)だ
つか南西諸島からミクロネシア ポリネシアまで広く分布
日本から縄文の頃に広がったとも
芋煮なんて今でも東北などの名物だろ!w

その昔薩摩の船が静岡御前崎で難破(今でも難所らしい)
救助や弔いなど丁重に行い薩摩に帰って行かれ
御礼にとの申し出に痩せた土地に合うさつま芋の苗を貰う
非常に相性が良かったのか一大産地にそれが関東にも伝わったとも
飢饉で苦しんだ地域は芋文化が無い地域な
(原種の田芋など北限有り)

縄文には胡桃などの栽培も始まっているのに
コメ本位制が食文化や風習まで崩しましたとさ
終わり だんだんw
969名無し三等兵
垢版 |
2019/01/17(木) 21:56:33.81ID:VXIExIaE
>>968 芋や胡桃を河川沿いの湿地帯でうまく栽培できるのかなあ?
縄文時代、手付かずだった湿地帯を田んぼとして開発し、単位面積当たり収量の高い稲を栽培できるようになったから、日本の人口は江戸期に約3千万人まで増えたってわけで。
2019/01/17(木) 21:59:52.00ID:AqZc0YFd
通貨の信頼担保の必要性の為のコメ本位制(税収)なんでそ?
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