>>263
>「集団的自衛権に基づいて領土回復するまで戦い抜く」とはどこにも書いてない。
>>257
>米国とNATO特に英語圏諸国は親戚関係だけど、

『米英仏にとっては、ベルリンの壁は境界線上に作られたものでなく、東側に入った所に作られたもので
(これはフルシチョフの指示であった)あくまで東側の中での行動であり、米英仏の西ベルリンでの駐留権
及びアクセス権(通行権)が冒されず確保される限り、軍事行動に出る理由は無かった。むしろ東から西への
流出が続く事態は東西の安定を損なう不確定要素であり、壁建設で東側も安定化に向かうことは今後の
東西関係を好転させる機会でもあると考えていた。この問題で軍事行動を選択し自国の青年の生命を危険に
曝すことは、つい16年前までは敵国であったドイツの首都ベルリンであるがゆえにケネディもマクミランもドゴールもその考えを持つことは無かった。
事実、壁の建設以降はベルリン問題でソ連が行動を起こすことはなく、緊張状態になることもなく安定していった。』

ガウク大統領は、次のように強調しているー
「1945年5月8日、我々は解放された。我々を解放したのは、ソ連の諸民族の代表者達だったが、そればかりではない。
それゆえ、我々は、感謝と尊敬の念を示さなくてはならない。戦後ドイツが、ベルリンの壁により長い間分断されたという
事実でさえも、そうした気持ちに影響を与えるべきではない。一部の観測筋は疑っているようだが、私には、
ロシアにもロシア人に対しても問題はない。」
http://jp.sputniknews.com/europe/20150502/284616.html