>>288の続き

偶然、艦橋後部の発着艦指揮所にいた飛行長の天谷孝久中佐のみ
一命をとりとめ、生き残りの最先任となったため、
以降の加賀の指揮を執ることになります。

とはいえ、加賀が沈むのは時間の問題、
天谷中佐は、御真影の移乗と総員退艦を命じ、
自らは、艦を運命を共にすべきかを思案していたと言います。