『リンドバーグ第二次大戦日記』(角川ソフィア文庫/(charles Lindbergh米国会議員元pilot)

■1941年■
11/27「日本、インドシナに軍隊を増派する」

11/29「対日関係、重大局面に達す。両国の新聞とも戦争を論ず。」

12/01「日米関係益々重大化す。ルーズベルト、休暇を打ち切ってワシントンに帰る」

12/07「ラジオ放送によれば日本がフィリピンを攻撃、真珠湾が爆撃されたという!フィリピンに
    対する攻撃は予想されたがこれほど早い時期に行われるとは思いもよらず真珠湾に至っては!
    日本軍はどのように接近したのか。我が海軍はいずこにありや。あるいはほんの数機による
    ヒットエンドランの空襲に過ぎないものをラジオの解説者が誇張しているのか。」

12/08「彼我の損害はどの位なのだろうか?日本の奇襲攻撃は別に驚くには当たらぬ。我々は
    何週間にわたり彼らを戦争に駆り立てていたのだから。ラジオ放送によればハワイ攻撃は
    激烈を極めたものだったという。日本軍に真珠湾をわけもなく攻撃し、やすやすと脱出できる
    と思わせたほど我々は多くの軍用機を大西洋に廻してしまったのか」

   「我々は攻撃にでなければならない。おそらく史上もっとも血なまぐさいものになるだろう。
    だが我々は何を得るために戦うのか?民主主義と自由のため?どちらも米国ですら実現
    されておらぬし戦争に深く介入すればますますそれから遠ざかることになる。
    この戦争はいつ収まるのか?この冬の間に終わるのか50年かかるのか?全く分からない」

■1942年■
01/16「ワシントンの噂によれば真珠湾の大失態で軍法会議が開かれ処刑が行われるかもしれないとか」

01/18「今や日曜日の夜のニューヨークは異様に見える。ショーウインドウの大半は暗くビルの窓も
    灯火が見えるのは数えるしかない。ざわめきは消え失せたといってよい」

02/04「戦時公債の購入についてモルガン商会へ行く。誰も彼もが内心戦争の行方や政府の莫大な
    支出を憂慮している気配が容易に察知される」