大きく分けて対日戦前のアメリカには二つの反日グループがあった
一つは上記にあるホーンベックのような非ハーバードのグループ
前国務省の極東部長でコーデル・ハルに一定の影響を与えたと見られるが
問題だったのはもう一つのハーバード大学出身者のグループで
財務次官補を務めていた、ハリー・ホワイトを中心としたグループで
ハルノートの草案作りにも協力し、対日戦に舵を切らせた張本人
戦後のレッド・パージでコミンテルンの正式会員でることが判明したあとに
原因不明の死を遂げた、暗殺なのか自殺なのかも不明のまま、アメリカの闇も深い