>>87
あのね、国債を日銀買取させる方式になったのは管理通貨制度になった1932年以降なの。
これができるようになったから軍事費の歯止めがきかなくなったの。

金本位制では通貨発行高も国債発行も法律で限度が示され、それが通貨の価値を保証していたの。
だから金準備高を越えて資金が必要になると、公債の形で海外から資金を調達するしかなかった。
ところが1920年代末には日本の公債が売れなくなる、額面50%引きでも買い手がつかないという状態までいったの。
同時期のイギリスの無利子で償還期日未定とかいう公債が20%引きで売れてるのにも係らずね。