>>645の続き

この件に関して、レイトン少佐(>>517)は以下のように記しています。

「ヨークタウンのRIUについての提督の評価がいたく下がったのは、
5月1日のことである。

この日、空母の30浬北で爆雷攻撃を受けた日本の潜水艦が
空母発見を打電していたかどうか、ビアードは確認できなかったのである。

その日の午後遅く、フィッチがレキシントンのRIU士官ランソン・フリンワイダー少佐
が聞いたその潜水艦の通信について協議するため、ヨークタウンに飛んだ。

ビアードは提督に呼びつけられ、失敗をこっぴどく叱られた」
                         (『太平洋戦争暗号作戦』下巻)p212