七十になる日もだんだん近くなって来た。七十という醜い老人になるまで、わたくしは生きていなければならないのか知ら。そんな年まで生きて
いたくない。といって、今夜眼をつぶって眠れば、それがこの世の終だとなったなら、定めしわたくしは驚くだろう。悲しむだろう。
 生きていたくもなければ、死にたくもない。この思いが毎日毎夜、わたくしの心の中に出没している雲の影である。わたくしの心は暗くもならず
明るくもならず、唯しんみりと黄昏れて行く雪の日の空に似ている。


永井荷風「雪の日」