>>860
それ以前に、設計者のパイロットエンジニアである鶴野自身までもがペラをこすって離陸に失敗している事実
そこは尾翼に車輪を追加したから一応良しとしても、オイルの加熱やカウンタートルク対策、パイロット脱出時のペラの処理、
あれこれと新機軸を導入した機体がまともに実用化されるまでにあと一体どれだけの工程と苦難が待っていただろうか

量産においても発動機や機体の製造がままならない状況での不具合続出が予想され、そもそも重いということはその分資材を多く消費する
さらに実運用面でも、荒れ地に強い尾輪式よりもきちんと整地された長い滑走路が必要になるであろうに、空襲下でそれをどうやって確保出来たか…
安全な場所など無く追い詰められた当時の日本で開発する迎撃機にしては、どうにも欲張り過ぎたコンセプトだとしか言いようがない

せめて1944年内に実用化していれば一定の戦果と評価は得たろうが、実際の遅過ぎる時期では成功の目が限りなく少ないと言わざるを得ない
夢のような新機体にリソースを割く泥縄式の愚行を控え、せめて既存機の改良と増産で対処した方が多少なりとも迎撃に役立ったろうな
ま、「日本がいつ負けるか」は当時の誰にもわからなかったのだから、つい新規開発をしたくなって仕方がないという気持ちはわからんでもないが