軍艦の食事について語るスレ66食目 [無断転載禁止]©2ch.net
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家族単位で常に移動して水や食糧を探し続けなくちゃならなかったのも、アボリジニが原始のままだった理由の一つ
人口50人を越える集落を形成すると効率的な分業が出来るようになって、農耕や狩猟を支える手工業も生まれる
その代わり必然的に統治体制ってものが生まれ階級社会に移行するから原始共産主義が成り立たなくなっちゃう アボリジニのルーツは南インドだった。
アーリア人に駆逐されて最後にたどりついたのがオーストラリアやニュージランド。
定住しない文化は難民だからなんだろうか。
ジプシーもインドから流浪してヨーロッパまでたどり着いた。
両者とも音楽が得意だな。 ニュートンって廃刊になったんじゃなかったkっけ……と思ったけど、
出版元が潰れただけで本は出てるのか。 ニュー・ジーランドのマオリ族。
人種保護か何かの政策で生活保護をタンマリ受け取って(遊んで暮らせる)もんだから
伝統的なマオリの精神が失われている、と酋長の血筋の老人が語る映像を見たことがあるな。
若者たちはクスリでキメて昼間からスポーツ・カーを乗り回す。
マイク・タイソンだったと思うけど、「施しは人をダメにする」という言葉を地でいってるとは思ったな。 蜂蜜酒なら蜂蜜を水で割って温かい所に置くだけで出来るけどなぁあ 農耕文明と一口に言うが、一万年前には原始的農耕が始まってて、
それから紀元前三千年のシュメール文明の成立まで五千年掛かってるからなぁ。
シュメールは大麦の他にヒヨコ豆や玉葱、レタス、ニラなんかを栽培し、
牛羊豚ロバを飼育し青銅器を使ったが、そういうもの全てを野生種から
発見し集積するのを考えると気が遠くなる。 やはり文字を発明すること、統治機構を運営することがとても重要ですね 媒体は仲介役でしかない。
なににも優先するものではないし
させるものでもない。 >>486
太古には他花受粉するムギもあったのだろうか 麦の祖先は熟すると実を落としていたそうで、植物ならそれが当たり前だけどそれじゃ農耕にならなかった
でもある時代のある地域で熟しても実を落とさない麦が発見、選別され増やされたのが農耕とか
古代壁画の麦の穂は短く粒も小さく描かれているので数千年も選別され続けて今に至るんだろうね ムギ、コメ、トウモロコシ、いわゆる三大穀物は
全てイネ科に属している。サトウキビもイネ科だ。
すなわち地球の大半の糖質を牛耳ってるのだ。
地球を支配しているのは人類ではなく、イネ科と炭水化物なのだ。
炭水化物により生活の安定が通貨の基礎が社会の発展があり、
また貧富の差や戦争や内乱、疫病と飢饉が起こった。 フイッシュアンドチップスめちゃウマ
毎日あれでいいわ アザラシの脂と、シラカバの樹液(甘味)を使っていたらしい。 小麦や米とジャガイモってどっちが生産量消費量多い? 2014年データで、小麦生産が世界で7.3億トン。米が7.4億トン、ジャガイモが3.8億トン。
ちなみに一番多いのはトウモロコシの10.4億トン。 トウモロコシの生産量はあの芯も含んだ重さなんだろうか 北朝鮮では芯も食うそうですよ!干して粉にして、薄灰色の粥に。 イネ科も大事ですが、マメ科とアブラナ科もなくなると大変なことになります >>501
イネが人間を支配してるとか安藤昌益かな? 1粒の小麦を口のなかに入れて咀嚼してると、粉になり唾液で練られる。
パン生地やパスタ生地のもとはこうやって割合かんたんに発見されたんだろうけど
人類が実際にパンや麺を作るのは、小麦を栽培し始めてどこくらい経ってからだったんだろう?
ビールも割合に早い時期から存在してたんだろうか? >>518
思いつきの妄想を書き込む前に目の前の便利な箱で調べろよ 麦は皮が強く、胚乳が柔らかいので
米のように搗いたら粉になってしまう。 コムギは砕ける
オオムギは砕けない
コムギのふすまだけ丹念に剥いて粒状のを
ごはんのように炊いて食べたら非常に美味だったそうなw >>513
GHQによる日本統治のドキュメンタリーで、トウモロコシの食べ方を日本人に教えること。
彼らは家畜の飼料にしてしまう。
と、触れてたのが妙に記憶に残ってる。 欧米でコメが野菜扱いなのと一緒だろうけど、日本じゃトウモロコシは野菜扱いだしなあ。
八百屋で売ってる、サラダやピザにのせる、etc トウモロコシはウンコにそのママの姿で残ってるがちゃんと栄養を吸収できているのであろうか おれのクソからピーナッツとスイートコーンを拾って食え 某ですがスレより転載
730 74 ◆l7ACUKWdD. sage ▼ New! 2017/07/10(月) 00:19:36.77 ID:F5Qf9Ykj [6回目]
>>725
ユリシーズ号はWW2時の防空巡洋艦全ての船のネタを組み合わせたそうで
中でも「クレオパトラ」とかはユリシーズよりも酷い状況でしたが主計が
「サンドイッチにコンビーフかソーセージなどの肉類を入れる」と補償したので乗員の脱走を
抑えられたというジョンブル的エピソードが…
FGOのクレオパトラさんが聞いたら泣ける。(自分の名を冠した巡洋艦が暗黒ブラック企業だったなんて 今日もサンドイッチにSPAM挟んで置いたぞ(^_^)v
一週間目だぞブチ殺す(# ゚Д゚)
って展開にならなかっただろうか? >>530
まじで悲劇だなクレオパトラ・・・fgoってなんなんだよ コメといえば種田山頭火の俳句に「外米」って言葉が使われてるの見てへえと思ったことがあるな。
いつぞやの外米騒ぎのときも年配の方々は戦前にそれを経験してるからか平然としていたという話だった。
普段の生活でも艦船の上でも、日本人はコメ無しではやってけないんだろうな。
山頭火は、どこか帝国海軍の駆逐艦乗りや艦爆乗りと同じ匂いがする。
破天荒な行動ぶりもさることながら、カネがあったらあるだけ使う、酒があったらあるだけ呑む。
酒が足りないタバコ喫いたいとなりゃ銀バイ、もとい民家の前に立って経を唱え
報謝してもらったカネをすぐにタバコや酒に替える。そういう自分がイヤになる、とも書いてるが。
若葉、涼月、霞、秋風、夕立・・・当然のことでもあるが山頭火の俳句には帝国海軍の駆逐艦名をいくつも見ることができる。 小さい頃からジャンクフード付けの会社の若い衆は米なくても平気
味噌汁も嫌い、油物大好き >>528
そのまま食うのはわからんが粉にして食ってるのはデントコーンじゃなかろうか >>535
なんだかんだで若いのも米と味噌汁は好きだぞ
焼き魚食べる率は壊滅的だけどな 欧米人は小麦でもトウモロコシでもジャガイモでも、とにかく粉にしてから食うの好きだよな。
知り合いのフランス人は、お餅は米を粉にしてから練って作るんだと思っていた。 >>538
やすい切り餅はそういう作り方してるのもあるとか。 >> 518
ビールは、古代シュメールの時代からある
と、映画「ツインズ」でアーノルド・シュワルツネガー
のアニキが語っておりましたw 「ビールを水で薄めて売った酒場の女将は水に投げ込まるべし」ハンムラビ法典 >>534
外米消費振興のため南京米デーってのもあったそうな
(その日は日本産の米でなく南京米を食いましょうって政府キャンペーン) >>542
へえ。
大戦末期、軍艦「高雄」に乗ってた下士官が最近メシが何かマズいなあと主計の奴に言ったら
南京米ですから、と言われた話がある。シンガポールにいた重巡たちは何らかの理由で
その当時は南京米を使ってたらしい。「羽黒」にも似たような、メシへの不満を言う話がある。
「
妙高」は戦隊旗艦のプライドか、この外米も美味く食わせてたみたい。「妙高」主計兵の話にある。
当時「妙高」に乗ってた人の話にはメシへの不満は(あった人もいるかもしれないが)見ない。 南京米は厳密には中国米の事だけど、外米全般の代名詞としても使われるからなぁ。
羽黒ではレイテ沖海戦のあと南京米の銀シャリが出たそうだが、パサパサしてて
麦飯の方がマシと大不評だったそうな。 産地にもよるだろうがそういう外米ってどう調理するのが正解なんだ?
昔中国旅行したときは饅頭ばかりで米は粥しか食ったこと無いな 南京米について、中国だとインディカ米(長粒種)とジャポニカ米(短粒種)の両方あるが、
同じ米とは思えないくらい味も食感も違うよな。
ちなみに北支事変で中国に駐留していた亡祖父の話だと当地の米は短粒種だった模様。
味については特になにもいってなかった。 >>545
日本の米だと”炊く”なんだけど、日本以外の場合だと
米は炊くんじゃなくて茹でる、なんだとか聞いたけど。 米不足のときにタイ米混入の政府流通米を
普通に炊いて普通に食ってた身としては、
多少の風味の違いはあるが
大騒ぎするほどのこともない
と考えている。 インディカ米は途中まで茹でて
ある程度火が通ったら
最後は網ザルに入れて水を下に張った容器で蒸らす
非常に面倒だがこれを自動化できる電気釜を作ったら
アジア南部で非常に需要が出るだろう
だが今の日本の家電業界にはその体力は無い
一説によると日本式電気釜で仕方なく炊いていたアジア南部の人達は
インディカ米だと今一つヌカ臭くなってしまう、最後まで炊き上げる方式の飯炊き法に
慣れてしまったようだ、なとどもいう 昔どこ向けだったか日本のメーカーがバターライスをうまく炊ける炊飯器を開発したって新聞で読んだね
僅かにお焦げを作るのが作法というか最上等の炊き方なんだけどそれが自動でできるという代物
現地の人に大歓迎されたというけど以降そんな話は聞かないので日本のメーカーは本当に力を失ってしまった… 幾らいい機能付けても、結局値段1/3の商品には勝てんからな。
特に購買力低い地域では。 マリアナ沖海戦前にシンガポールにいた艦攻乗りの1人は
メシが細長くて箸でつまむとパラパラ落ちるんで食えなかった、と。
副食を少し食べるだけの食事を続けてたら痩せて体重が40キロ台に。 >>534
昭和20年代の外米はまずかったですよ 何処の国の米か分かりませんが米粒が細長かったと記憶しております タイ米で美味かったのはピラフとカレーかな?
不味かったのは天丼
カレーとタイ米の相性は良かったけど
天丼の汁との相性は良くなかった >>555
そら厳しい外貨事情化で当時の規模の限られた国際米市場で必死でかき集めてたからな
品質なんて二の次三の次
どうせ食管制下で配給だから、競争なんてないし苦情なんて受け付けないし
日本は長いこと米の輸入国で国際米市場のいいお客様だった
米の自給達成できたのは昭和三十年代で以降はダダ余りだが
534は平成の米飢饉のときにはまだ生まれてなかったガキなんだろ
当時一番ぎゃあぎゃあ騒いだのは戦中戦後を経験した層
国産米だけでは足りなくなるのわかってるのに、なんとかしろでも輸入は許さんと発狂状態だった
若いのは、米がなければうどんでもパンでもいいだろと醒めてたが
戦中派は外米に愛憎入り交じってるが、まあそれがトラウマ刺激した例 おまえらいくつだよ
特に>>555は還暦超えてないか? タイ米が入って来た時、東北の親戚が面白がるのでたくさん送ってあげたな
いつも縁故米でもらってたんでこっちから米を送るなんて初めてだった
村の集会で出したら美味くないとか言いながら盛り上がったとか
大凶作なのに産地の人は余裕だったね〜 >>557
自分は日本人ではないし当時は10代の学生として故郷ハワイにいた。父の国でもある日本に来たのはその数年後。
コメに対して日本人たちが見せるこだわりにはいつも驚かされるというか感心するというか。
太平洋を渡るあの小さな軍艦「咸臨丸」でもコメを炊いていたという執念に敬服する。 >>555
終戦から昭和22年まで日本の貿易は全量GHQ管理、27年まで許可制で民間貿易禁止だったから、
国内で食料不足してるのに買ってくる事もできなかった。
アメリカは自国の小麦売る為にわざと米の輸入禁止してたから、戦中に持ち込まれた古米や古々米、
それ以上とかだったんじゃない? そらもうあの時は細川勝元の軍が滅茶苦茶しよってなぁ… 京都の前の戦争は応仁の乱とか蛤御門の変とか言われるけど、実際は
京都市内も空襲されたし、京都編成の16師団(垣)はレイテで、15師団(祭)は
インパールで、53師団(安)はビルマで、62師団(石)は沖縄でそれぞれ
大損害を蒙っていて、全国の主要師団編成地でもトップの消耗率。
戦争遺族は非常に多い。 仕事で二年間日本にいたアメリカ人同僚三人は三人とも日本の米と味噌汁が主食になっていたので
日本の米は人類を魅了する何かがある気がする 日本人が延々と改良し続けた代物だしなぁジャポニカ米 戦国時代まで黒米なんて原種に近い米もあちこちで栽培されていたのに
秀吉が米を広く流通させるようになって美味しい白い品種が全国に広がったんだよね
その後東北に移封された大名の家臣達が必死で品種改良し続け寒さに強い品種もできて今に至る >>569
丼飯にラーメンの丼に味噌汁か?>米国人 >>568
このコピペ思いだした
日本一危険な連隊区、京都連隊区のガイドライン。
・伝統ある第九連隊がレイテ決戦に投入され、全連隊トップクラスの95%を越える損害を出した。
・60連隊界隈は壊滅する確率が150%。インパールで壊滅し、イラワジ会戦でまた壊滅する可能性が
50%の意味。
・そんなに危険な訳がないと言って出動して行った51連隊が、ビルマに移駐して一ヶ月で
インパール作戦に投入された。
・京都の16師団から編成替えになったので安堵していた38連隊が、グアム島に派遣されて玉砕。
・南支戦線なら大丈夫だろうと湖南省の米軍飛行場攻撃に向かった109連隊が
米軍の爆撃機にブルボッコにされて帰ってきた。
・菊兵団の救援に向かった128連隊が、飢えて後退する菊の兵士に片っ端から食料を盗まれる。
「お公家さん部隊」という風聞から、京都の連隊ほど危ない。
・占領地警備の独歩大隊だからと安心していた独立歩兵13、14大隊が、62師団に組み込まれて
沖縄に送られた。 >>576
問題は量だろ。
日本人の大人の量で足りるのか? 戦後の食糧不足米不足の時に黄変米事件ってあったよなあ
たしか大臣がカレーで食べれば問題ないってカレーで黄変米
を食べるニュース映像が(白黒)あったそうな >>575
あのコピペこんなバージョンもあんのかよ その大臣が食った米は本当に黄変米だったのだろうか? >>580
問題ないのか?
あれカビが生えて有毒物質を発生した米じゃないの? 黄変しても一定以下なら発症しないからって事なんだろうけど… なんかもうついていけない…
東北の凶作だけど、93年だったっけ?
涼しい夏のおかげで、コメが取れない……
リアル「グスコーブドリ」の世界
東北では新潟「コシヒカリ」に対抗して「ササニシキ」を作っていたが
ササニシキは冷害に弱いと、この事件でバレでしまった
以来、東北では冷害に強い「あきたこまち」を作るようになったんだっけ? 中曽根が古米でもカレーなら食えるとかやったんだっけ ササニシキめっきり見なくなったね
旨いから好きだったんだけど 米不足の時に騒いでたのは団塊オヤジ。
あいつら昔からろくなことしない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています