文系学部の学生が大学院に進学してしまうと、就職が大変になるではというイメージがつきまとう。だが学業で培った能力を社会で発揮できるフィールドは広がっている。好評発売中のアエラムック『大学院・通信制大学2023』では、大学の文系大学院生への就活サポート体制と、企業側が求める人材について取材した。

修士(博士前期)課程の大学院生は、就活をするとかなりの時期が研究活動と重なり、両方を並行して進めなければならない。

 立命館大学では2022年5月、文系の学部生向けに大学院進学ガイダンスをリモートで実施した。同大学が企業516社に行った調査では、文系院卒をぜひ採用したいとした企業が17%、学部生や院生を問わず採用している企業を合わせると89%になるという結果で、修士課程に進んでも就職に不安を持つ必要はないと強調した。ガイダンスの最後にチャットで質問を受けつけると時間内で回答できないほどの数が集まり、大学院への学生の関心の高さをうかがわせた。

 セミナーを実施した大学院キャリアパス推進室は、企業とのマッチングや自己啓発、人材育成のセミナーなどさまざまな支援プログラムを実施している。中本大室長は「文系院卒の専門性を生かした就職先としては公務員や独立行政法人が目立ちます」と話す。

「たとえば人間科学研究科で心理学を学び、法務省矯正局で犯罪者の更正に関わる専門職員をしているようなケースです。京都にある世界的なメーカーのように、大学院生を積極的に採用する民間企業もあります」(中本氏)

 同大学キャリアセンターでも、就職セミナーを学部生と大学院生の合同形式で行っていたが、20年度からは文系大学院生に特化したセミナーなどを実施するようになった。同センターのアンケート調査で文系の学生に「大学で学んだことが仕事に生かせると思うか」と尋ねたところ、学部生では「非常にそう思う」という回答は25%だったのに対し、院生は2倍の約50%に達した。

大学院生は少人数制授業で教員から毎回自分自身の考えを問われる。社会人を経て大学院に進む人もいて、幅広い世代に接する機会がある。同センターの紀國洋部長は、企業も文系院卒人材の能力の高さを理解し始めているとみる。

「入社時から大学院で培った力量を生かせる部署に配属されるケースをよく聞きます。大手ゼネコンに就職した経済学研究科のある修了生は経営戦略部門に配属され、新規事業や海外の市場開拓を担当しています。本社に配属され支部を統括する業務に就いたという修了生もいました」(紀國氏)

 中本室長は、一見畑違いでも院卒が能力を発揮する場があると語る。

「文学研究科で東洋史学を専攻した院生が、2年前に独立行政法人水資源機構に就職し、水に関わる過去の災害記録を検証して防災に生かす方法論を追究しました。修士論文執筆の際に行った文献史料の調査をするなどの研究経験が生きました」

■修士論文で鍛えられた経験は強みになる

 明治大学では大学院生のキャリアサポートプログラムを毎年行っている。研究職をめざす大学院生の支援とともに、就職希望者のためにインターンシップ準備講座やオンライン模擬集団面接などを実施する。

 同大学就職キャリア支援事務室の小林宣子事務長は「院生が学部生と比べて就職に不利とは感じません」と話す。

「採用面接の際に研究内容をきちんと話せば問題ありません。ものごとを深く研究して初めて見えてくる世界もあります。教員や学生同士のやり取りでコミュニケーション能力を養い、研究を通じて論理的思考を身につければ強みになります」(小林氏)

 同大学大学院事務室の横内雄介氏は、「就職活動が早期化し、研究テーマが具体化していない段階でスタートするため苦労する院生もいます。研究活動と両立できるようにスケジュールを考え、専門分野以外の職種にも就職先が広がるようにしています」と説明する。ただ税理士や臨床心理士などの修了が資格取得の要件となる職種を別にすれば、文系の大学院の専攻は就職後の仕事に直結しないことが多いという。

「授業や演習で指導教員の教示を受けて鍛えられ、論文という成果物を作り上げた経験は、専攻を問わず糧になっています。なかには演劇を専攻して映画会社に就職した院生もいますが、専門性が評価されたというよりは、好きな学問を追究して自分で人脈を築いていった結果です」(横内氏)

■ビジネスの世界でも生きる研究者としての経験とノウハウ

 では企業は文系院卒の人材をどうとらえているのだろうか。