奥野一香作/宗歩好(名人駒)

この駒は、「名人駒」として世に知られた名駒の中の名駒である。戦後間もなくから、実際に名人戦で使用されてきたから、文字どおりの「名人駒」といわれるようになったのだろう。
昭和24年(1949年)に、栃木県の愛棋家から、朝日新聞社を通して、盤(名人盤)とともに日本将棋連盟に寄贈されたもの。翌年に、毎日新聞社から朝日新聞社に名人戦が移ったことから、その記念のひとつとも考えられる。
ちなみに、非常に珍しい長方形の赤い駒箱に、初めから収まっていたという。鮮やかな朱塗り仕立てのこの駒箱は、模様がどことなく異国の匂いが感じられてくる。
「宗歩好」は双玉(2枚とも玉将)で作られている。この駒に限らず奥野作は、原則的に双玉仕立てだ。駒銘の由来などについては、これから掲載する「書体への誘い」の別項に譲るとして、ここでは実際の駒そのものの特徴について若干述べておく。
実際の「名人駒」を手にすると、面取りがしっかりしていて、手にやさしくなじみやすい。材質は少し斑(ふ)が入っている赤柾である。太めな駒字で実に素晴らしい盛り上げぐあいだ。材を超越した非凡さが、この駒の身上なのだろう。
名勝負や名局をはじめとする数々の実戦に立ち会ってきた、生き証人ともいってもよいのが、この「名人駒」である。その歴戦を物語るかのように、いくつかの駒は裏字が磨り減り傷がついているが、それさえも美しく映えて見えてくる。
まさに、私の好きな「使われてこそ名駒」という言葉を、生み出すひとつのきっかけとなったのが、この駒であった。
惜しむらくは保存のためか、名人戦といえども現在ではめったに使用されることがなくなった。