「棋士ならば文脈も糞も無く全て将棋の結果で語るべき」というなら、

彼らの教祖が格で圧倒していた筈の相手に対して
実に15年ぶりに後塵を拝した時点で勝負あったと見るべきでは?
相手が絶好調だったならともかく、「人が変わったように弱くな」っていた真っただ中の事だよ?