青野ってタイトル0期なのかよ
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棋聖か王座辺り一期くらい獲ってそうなイメージだったが
大御所ぶってもタイトル0期じゃいかんせん説得力に欠けるんだよな 真部青野は橋本阿久津くらいのイメージだったように思う
真部は死んでしまったし橋下は引退してしまったけどなぁ
中でも青野はA級が長く一番研究家努力家だったけど
才能的には四人の中では一番下だったと思うわ
失礼で申し訳ないけどタイトル取れなかったのは才能不足
他の三人は努力不足というか遊びすぎ…そんな気がするわ 谷川〜羽生世代と全盛期がモロ被りの森下が無冠なのは仕方ないけど
(大山全盛期とモロ被りの無冠棋士も同様)
青野の指し盛りって中原が弱体化して55年組とかがタイトル取ってた群雄割拠の時代でしょ
割と誰にでもチャンスがあった時代を過ごせてるのに何で無冠なの?情けない… 青野は通算勝率が5割切ってるにもかかわらず、いまだに現役で順位戦を指しているのがすごい
桐山はぎりぎり現役で引退寸前だが、通算勝率は5割を超えている
青野は順位戦特化型ということかな >>217
その4人なら
青野>>真部>阿久津>橋本だろう
どこまで行けるかは才能、どこまで持つかは努力だと青野が言ってた >>218
青野って年齢ではタニーより10歳上だかんね
指し盛りというのがいつの年齢を言うのか知らんが、唯一のタイトル挑戦だった89年の王座戦のときは既に盛りは過ぎていたと言っていいんじゃないか? 青野のピークはB1で9-3で昇級逃した頃かな
A級上がっても米長の強引な将棋にいつも負けてたし 80年代初頭の頃には既にいろんなメンツがタイトル取れる環境になってたのになんでその頃の20代後半〜30代前半の青野はタイトル挑戦すらなかなか出来なかったんだろう
20代後半はさすがに疑問の余地なく棋士の指し盛りだろうに 谷川中原はいうを及ばず55年組や米長加藤と同等のちからがあるならそうなんだろうけどね 晩年の失態で著名棋士としては終わったよね
もともと夕刊フジでの書きっぷりを見ていると
タイトル2桁持ってる人のような立ち位置で見てて
苦笑いだけど 夕刊フジとか理事やめる前後の言動とかで
伊藤裁判の準備書面に青野をスター棋士と書かせた(あるいは書いた)のは
青野なんだろうなってどうしても思えてくる スレをざっと見てみたが誰も言及していないので、青野はあまり好きな棋士ではないが(やっぱ終盤弱いってのは棋士としてダサいよね)書いておく。
それまで将棋の研究などしないよ盤の前に座ってから経験と読みと人間力で勝負ってのが常識だった昭和の将棋指したちに、いや将棋の研究は大事だよと知らしめたのが青野、しかも奨励会三段時代に。
それまでなんとなく使われなんとなく有力だっった矢倉スズメ刺しを、棒銀で粉砕できるよと三段リーグの対局で明快に示して当時のプロ棋士たちを感心させた。
もちろん当時のプロ棋士が三段リーグの将棋など調べるわけもないのだがこの将棋は将棋世界で紹介されたので当時のプロの序盤戦術に小革命を起こした。
ちなみにスズメ刺しをやって青野にぶった切られたのが桐谷@株。
将棋世界の評では、おなじ奨励会三段でも才能に差があるとかすげえこと書かれてた。
ちなみにこの将棋を取り上げどぎつい論評をしたのはヤシモンの師匠五十嵐豊一八段。 (青野のwiki曰く)将棋に熱中し出したのは中学の頃で、後に一流棋士になった者としては晩学である。
青野を「才能に欠ける」と評してるレスもあるけど、晩年になっても衰えが少ないのを見ても潜在能力自体はかなりのもんがあったんじゃないかね
(アマレベルならともかく)幼少期からの英才教育が言うまでもなく重要な将棋界において晩学ってやっぱりかなりのハンデだし
まぁ晩学棋士で言えば青野より遥かに凄いのは森だけどな
16歳から将棋を始めてタイトルホルダーになった森が6歳から将棋に出会っていれば中原以上の棋士になってたと思う >>231
A級に行けてるんだから才能がないわけではない。ただ終盤が弱いというだけ とにかくA級行ってただけで評価したい。つか九段まで行ったら十分成功者。
A級なくてタイトルある方がいいからこそ評価してやりたい。
A級二期ならタイトル扱いしてやりたいね まぁタイトル戦登場1回だからな
他の棋士の棋歴見ても1回だと取れなくても当たり前ではある
森下くらい挑戦してたらもう少し運があればとも思うが
多分青野はリーグ戦でアベレージ出す戦いの方が得意なんだろう
タイトル挑戦や獲得にはどうしても爆発力が必要になる
羽生世代が本格的にやってきてもA級ややれてたのはすごいとは思うよ
ただタイトル取るなら青野の将棋スタイル的にも羽生世代による研究や真理追及の波が棋界を支配する時代の前がチャンスだったかもな 森下はタイトル戦でフルセットすら行ったことないし「もう少し運があれば」ってほど惜しくもない気がする
何せタイトル戦6回中5回が全盛期の谷川羽生だからな
運どうこうで勝てる相手じゃないっしょ
実質チャンスが1回(屋敷)だと取れなくても当たり前だし無冠は順当というか
まあ「当たった相手が悪すぎた」という意味では運が悪いとは思うけど
森下は55年組相手には概ね勝ち越してるから55年組と同世代(もしくは青野と同世代でも)ならタイトル数期取れてたとは思う
羽生と年齢が近すぎたのが運の尽き もう少し言いたいこと整理してからレスしろよ。
冒頭で前のレスにいちゃもんつけておきながら、結論は前のレスとほぼ同じじゃ恥ずかしいぞ。 >>233
もはや九段にブランド価値は無い
タイトル0、順位戦最高到達点B2の脇ですら九段になれるくらいだし。 大山に惜敗もあったけどタイトル0期の丸田は
青野ほど偉そうじゃないから良いのか 将棋ムラに限らずどんな業界でも例え特筆に値する実績を積んできた者だったとしても
アホみたいに思い上がって偉そうになってしまったら
必要以上に反感を買いまくって孤立するのが当たり前だというのに
それを積んでいない者が同じことをやればどうなるのか言わずもがな
そんな輩がいくら叩かれても自業自得で同情する余地は微塵もない >>239
丸田先生が最盛期のころはタイトル戦の数も少ないし、木村塚田大山升田で独占してたから、A級にいるだけでも超一流って感じじゃないかな。
タイトル数が増えて、ばらけてきている時代とは状況は若干違うかも。
それにタイトル挑戦複数回、A級在位通算24年、連盟会長経験者だから、青野先生とは格が相当違う。
A級タイトル挑戦あり獲得なしという共通項だけで同格としてはダメでしょ。 丸田は伸び盛りの時期に戦争に取られて出世も遅れてるし、青野の環境とは若干どころか大分違う
戦争の影響を被ったのは他の同世代の棋士も同様だろうけど
丸田は大戦のほぼ始まりから終わり(1940-45)まで軍務に就いてるおり
東京・浅草にあった家は空襲で焼失。両親は戦災死、丸田と同じく出征していた兄は終戦の前に戦病死しており、戦争を生き残った肉親は、既に嫁いでいた姉ひとり。(wikiより)
あの時代の棋士の中でも命からがら激戦地から帰ってきた升田に次いで被害受けてるんじゃないか 丸田祐三 対 青野照市 成績
http://kenyu1234.php.xdomain.jp/match2.php?name1=64&name2=137
年齢差を考えれば同然の対戦成績ではあるが
60歳を過ぎた丸田(1919年3月30日生)が20代中盤の青野(1953年1月31日生)に勝ち越してた時点もあった >>238
勝ち星九段だけ評価しなければいいだけ
どの資格で九段になったかは明らかだから >>244
1946年に第一回順位戦が行われたが
戦地から帰れないとか戦災で8人が順位戦に参加できなかった >>250
名人も竜王も取ってない久保とか郷田辺りの扱いどうすんのってなりそうだけどな
九段同士の比較って観点で言えば>>202の点数計算以上に分かりやすい指標を俺は知らんわ
万能ではないけどおおよその分かりやすさと納得感はある 九段が大山・升田・塚田しかいなかった時代の基準で言えば、現在の現役棋士の九段は、
谷川、森内、羽生、渡辺 >>251
口だけの構ってちゃん先崎はNHK杯優勝があるとは言え青野より格下
これから地道に連盟理事やら表に出ない仕事するなら逆転の余地あり メンタルが不安だし無理な気がする
何と言っても米長門下だから恨みもあるだろう 【広義羽生世代の現状】
羽生 順位戦A級 竜王戦1組
佐藤 順位戦A級 竜王戦1組
森内 順位戦フリクラ 竜王戦2組
郷田 順位戦B級1組 竜王戦2組
屋敷 順位戦B級1組 竜王戦2組
丸山 順位戦B級2組 竜王戦1組
藤井 順位戦B級2組 竜王戦2組
深浦 順位戦B級2組 竜王戦2組
先崎 順位戦C級1組 竜王戦5組
常に他の羽生世代棋士と比較され続けて来たら先崎のメンタルも崩壊するだろう
先崎だけタイトル獲得どころかタイトル挑戦すらないんだから 先崎って文筆活動や人気漫画の監修のおかげで評価が底上げされがちだが
プロ棋士としては数多の雑魚レベルだよな
文筆にしても羽生世代だからネタにできたってのばかりだし
ネチネチしてて俺は嫌い
たまに見るうつ病にならなければもっと上に行けたみたいな同情票には苦笑 A級行けてるし、NHK杯優勝もあるから雑魚レベルってことはないだろ >>203
俺もその認識。三浦は例の竜王戦差し替えをおまけでカウントして29点のはず
屋敷は普通に3期九段なのに書かれてないし >>259
同じく、先崎はあまり好きになれない。
雑魚は言い過ぎにしても、期待はずれ。文筆についてもまったく同じ意見。
表に出てくる情報では、若いときから酒麻雀パチンコスロットで遊びまくって勉強がおろそかになっていたというが、
それが事実かどうかは知らないけど、なんとなく将棋に対する熱意(=勉強など)が不足していたように思えてならない。
芹澤に見込まれたのがむしろ運の尽きというか。 ただ、メンタルは昔から弱かったのかもしれない。
それを隠すために、突っ張って、虚勢を張って、大物ぶっていたのかもしれないので、
もしそうなら、その点は気の毒に思う。
メンタルの弱さに気づいてサポートしてくれる人が早く現れていれば、もっと上に行ったのかもしれないし
ネチネチした屈託もなかったかも。 先崎さんイコール遊び人のイメージが強いな
いま最年長の桐山九段も競輪競馬麻雀で遊んだ
ことあったけど自制心が強かったのかな
その辺が上がれる長く指せるの違いだね
しかし青野九段は上から目線がすごい筆っぷりだな
中原永世レベルかと思ってしまうよ >>261
永瀬豊島も妙に多いし、たぶんタイトル登場回数を1ポイントだと計算してるんだと思う。
タイトル「挑戦」で1ポイントだからな。73年規定では 先崎の自虐本より真部一男の将棋論考を書籍化して欲しいわ
升田幸三の部分しか書籍になってないのが残念 ここで訊くのはあきらかにスレチなのだが関連する話題なので許してくれ。
先崎の文筆の話だが、米長が死んで将棋世界の追悼号が出たときあいつまったく文章を寄せてないんだよね、なんでだろ。
仇同士になっていた中川でさえ文章書いたのに。 >>268
> 「なんで先崎さんは書かなかったんですかね?」という疑問が出たのに対し、先崎学が米
> 長の見舞いに行ったときの「ちょっといい話」を老師は教えてくださった。凡人であれば
> これ幸いとそうした話を披露しそうなのものだが、その話を先崎さんは書かれていないと
> 思う。これは当方の完全な推測だが、それをあえて書かないことが文筆家としての先崎学
> の矜持なのかもしれない。
河口俊彦老師に伺った米長邦雄永世棋聖のこと
https://note.com/yomoyomo/n/nbde927245daf
真相は分からないが、こういう話もあるよ、ということで一つ紹介 最新AIが採用する青野流を作った(作らせた)神やぞ 昔中原名人と金取り主義テレビ杯戦での決勝で見た時から
序盤はいいけど中終盤がタイトルには遠いなという印象。 将棋関連の記事を読んでいると、青野のものはすぐわかる
昔話と説教臭さで 段位としての十段は、ひふみんが提案して棋士総会で否決されたんだっけ。 青野さんは若手のホープと言われ故真部八段と並んでいたが、どちらも中原世代を越えられずに終わった。
その後、谷川や55年組が出てきて、追い越された。大山、升田の戦中世代も強く、まあ中堅で終わった人。
スポーツ界ならもう引退させられる人なんだが、将棋プロの制度はサラリーマンの世界みたいで、
トップにならなくても簡単に辞めさせられることが無いから、長く活躍できる。入るのは難しいけどね。 >>247
本来ならトップを取った人だけが九段なんだけどね。
永世タイトル保持者だけを九段にすればよかったのにね。
先崎も青野も九段なんだよね。もっと若い世代でいっても鈴木大介あたりでも九段だからね。 それでも羽生世代の全盛期にA級に復帰して51歳まで粘れたのはご立派だと思う 囲碁に九段が多かったから将棋も…ということになったんだよね。ただ、升田なんかは猛反対していた。「九段は名人の段。弱い九段はいらない」と。 >>281
それは升田が正しくて囲碁界がおかしい
それでも九段を増やしたのだから九段の価値を下げてしまった。
ならば十段を新設するべき 「名人」というのは大山を指す言葉で
「九段」とだけ言えば升田を指す
そういう時代があったからね 十段の要件
・永世名人または永世竜王
・永世タイトルかつ名人経験
・永世タイトル複数
・名人を含むタイトル期数15以上
・公式戦1000勝かつタイトル経験
・A級以上20期かつ名人を含むタイトル経験
こんなところかな 青野さんは九段???ってのは同意ですが、
自分は加藤一二三と中原名人と青野さんの将棋で将棋を覚えたんです。
米長さんの将棋はどうも自分にはあわなかった。 ブルーノはA級11期だからなんちゃって九段じゃないよ。
しかしひふみんと突撃とブルーノの組み合わせってよく分からん… A級11期でこんなボロクソ言われちゃうなら
今チヤホヤされてる若手でも中年以降ボロクソ言われる人多そうだな >>289
お◯◯こ連呼してるわけじゃないからいいよ 佐々木大地がC2 6組のまま(勝数規定)九段へ。
八代はC2竜王の怪記録で八代ショック再び。 大地は横山コース
ただしタイトル挑戦あり
になるよ
横山も順位戦成績はなかなか凄いからな 勝数規定がいちばんの元凶だと思う。八段昇進後250勝で九段になれるが、その間負け越し(例えば250勝500敗)でも良い訳で、これでは弱い九段が濫造されてしまう。奨励会の昇級・昇段規定ですら○勝△敗というように勝率が考慮されているのだから、九段という最高段位に昇り詰めるには八段昇段後250勝かつ勝率6割以上とか、より厳しい規定が必要ではないか?というか、勝数規定そのものを撤廃すべき。 >>293
勝数規定をなくしたら勝ちの価値が下がるからそれは認められない。
ただ、勝数規定は変更が必要だというのも分からなくもない。
そこで六段七段は前段昇段後の勝数でいいとしても、八段九段は通算勝数がそれぞれ560勝、810勝に達することを規定にすべき。 勝率も別に絶対じゃないけどな
三浦は九段になるまでの12年間一度もA級から陥落しなかったけど通算勝率6割行かんし
極端な話それならAとB1往復するような奴のほうが有利 >>283
この手の段位論争ですらろくに名前が出ない塚田正夫って本当に河口の言った通り忘れられた存在なんだな
九段戦三連覇して永世九段名乗ってたのに九段が升田だけを指すなんてあり得ないはずなんだが… >>296
塚田が亡くなったとき小学生だったけど、忘れられてはなかったよ。段位としての九段は塚田、升田、大山が最初だしね。ただ、衰えが早過ぎた。 >>295
A級から陥落するというのは八段の実力がないということだから、それまでの記録はリセットすれば良いだけ。で、もう一度A級に昇ってから再カウントする。 青野流をAIが採用してる時点で将棋界の頂点に君臨する神。(※作ったとは言ってない) >>296
昭和50年ごろに刊行された佐藤大五郎の著書で、升田の指し手を紹介する下りがあるんだが、
「九段の指されたこの手順は」というように、升田のことを「九段」と敬意を込めて呼んでいる。
塚田をどう呼んでいたかはわからないが、升田=九段というのは確かにあった。 超急戦棒銀
角換わり棒銀
横歩取り青野流
対振り急戦
居飛車の急戦の定跡を整理した功績は大きい 青野はA級11期でタイトル無し
居飛車の急戦の限界を示した棋士、とも言える 居飛車持久戦>振り飛車>居飛車急戦
当たり前のことを整理した棋士 >>155
へー 故角将が見たらコピペしまくったであろうデータだな >>304
でも藤井2冠の将棋って居飛車の急戦が主だよな >>82
その通り。
ただ将棋ソフトの手や囲いはどうするかが問題だな。 青野のスピーチは相変わらず藤井二冠に対する憎悪に満ちていて、全方向に失礼で、不愉快そのものだった >>313
鈴木は見た目から何も考えて無いように見えるが良識があるから大丈夫 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています