まんじりともしないで朝を迎えた。暫くは昼夜逆転の生活をしようと思う。
(自宅の電話が盗聴されている)その他に何が起きた訳でもないが用心に越したことはない。
 金髪は身長こそ高いが、体つきは武道をやっていたそれではない。接近戦で負けることはないと思うが、寝込みを襲われてはかなわない。
 昼ごろまでうつらうつらとしていたが、どうも芯まで眠れそうにない。手持ちぶさたにパソコンを立ち上げ、灰皿がないので醤油の小皿に灰を落とす。  
 すぐ様、メッセンジャーチャットのアラームが鳴った。
:スカイフィッシュ: よう! 今の段階で分かったことを話す。
:ヒグラシ: ありがたい。
スカイフィッシュは、警察学校の同期で現在、福島県警、副本部長をしている。昨日の電話で頼んだ用件を早速、調べ上げてくれたようだ。
:スカイフィッシュ: 不破芳男21歳。住所、和歌山県橋本市○×。平凡な公務員夫婦の一人息子だな。趣味はボーイスカウト、ギター。高校を中退後、仕事はしていない。
 母親は近所に受験生だと言っているが、まあニートと言う奴か。その男は確かに実在する。顔写真を不動産屋に見せて確認も取った。
:ヒグラシ: その男は……とは?
:スカイフィッシュ: 戸籍は真っ白。結婚はしていない。両親に置き手紙を残して家出している。
 二十歳超えて家出ってのもなんだがw なので、妻だという女は誰だかわからない。契約の時、女は現金を持ってきたそうだ。二千八百万。ご丁寧に男の委任状持参で……つまり女は身分証明書を一度も提示していない。金は、親が新居のために用意してくれたと説明したそうだ。
:ヒグラシ: 2800万円を現金で?
:スカイフィッシュ: そんな辺鄙へんぴな場所だろ? 不動産屋も売れてやれやれ。引渡しの時、顔を合わせただけで、その後は知らんということだ。まずはその女の写真を撮ってデータベースに測ってみるか? それか別件をでっちあげて吐かせるか? 
 もしかすれば、お前が逮捕した人間の身内かもしれない。
:ヒグラシ: やめてくれ。確証がない。
 メッセンジャーを閉じ、喜一郎は天井を見上げた。首が痛くなるまで。
 ……尋常ではない。何の目的か? その為に家一軒、買い上げるほどの理由。
 刑事生活を振り返って、自分が恨みを全く買ってないとは言い切れない。だが現役を退いた無価値の自分に、その理由を見出すことが出来ない。
 ヒグラシと言うあだ名の由来は、自分の性分にある。
 夕暮れ時、周囲の気温が下がり鳴き出すヒグラシのように、事件の熱が冷めた頃、些細な手がかりを見つけては、また振り出しに戻してしまう。
 仕事にはリズムがある。
 そんな私を快こころよく思っていない同僚も少なからず居た。時にはそれが冤罪の証明にもなって、上司にも睨まれた。でも、だからこそ数々の難事件を解決してこれたと自負しているし、罪のない人間を逮捕したことはない、と信じている。
 わからん。わからん。わからん。わからん。わからん。わからん。わからん。
(煮物が旨すぎた)些細なヒントは、金額の大きさで確信に変わった。
 ……何かある。
 あるにはあるが、さてどうすべきか? 現役の警察の力をこれ以上借りるのも気が引ける。
 もう癖になってしまったのだろう。天井の古ぼけた板が、人の顔に見えた。