仄かな言葉

 裾の長い制服に足を通そうとした瞬間、わたしは鈍痛と共に内股を伝い降りて
ゆく生暖かい感触を認識した。わたしは最初、下腹部に感じたその鈍い痛みをた
だの食あたりか何かから来るものだと思った。

 わたしは内股を触ってみた。でも、手に感じた軽いぬめりを持った暖かい液体
は、明らかに直腸からもたらされたものではなかった。

 わたしは知らなかった。なにも知らなかった。なにが起こったのか、わけがわ
からなかった。わたしは大きな声を出しておかあさんを呼んだはずだった。だが、
わたしのその声は全くわたしには聴こえなかった。


 おかあさんは、十五歳になるまでその、わたしの身に起こってしまった身体の
変化についてこれまでなにひとつ教えてはくれなかった。学校で教えるものだと
思っていたのかもしれなかった。

 知らなかったから、わたしはひどく混乱した。おそらくその混乱のせいで、わ
たしの耳は音声を感知しなくなったのだと思う。おかあさんは申し訳なく思った
のか、わたしの掌に指を踊らせ何度も謝罪するように文字を書き、わたしの身体
に起こった変化について説明したが、わたしはおかあさんが音声でわたしに説明
できない事を、ひどく煩わしく感じている様子が伝わってきて、申し訳ないこと
になったなあ、と思った。わたしはおかあさんのその煩わしさを掌で感じながら、
自分の皮膚が周りの空気に対して鋭敏になっていくのをゆっくりと少しずつ感じ
はじめていた。

 あまりにも幼かったのでもうほとんど記憶にはないが、光を失ったときのわた
しは、いまよりももっと、手に負えないほど混乱した、とおかあさんはまだわた
しが空気の細かい振動を鼓膜で感知していたほんの少し前まで言っていたし、聴
こえなくなってからはわたしの掌に書いた。

つづく
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