>>805
何か重大なことを忘れている気がした。
いや、些細なことかも知れない。
だが、何かを忘れていることだけは確かなのだ。
とはいえ、出勤の時間が迫っていた。
何時までも不確かなことに時間を裂いてはいられない。
私はさっさと身支度を済ませると家を後にした。
街も人もいつも通りだった。
何か大異変があった訳でもなさそうだ。
途中、新聞を買って読んでみたが、そこにも目立つ記事はなかった。
ようやく会社に着き、さて中へという所で問題が起こった。
警備員に止められたのだ。
と同時に忘れていたことを思い出した。
そう、私はもうここの社員ではなかったのだ。
先月でもう定年が来て退社している。
思えば、こうやって忘れて会社に来てしまったのも初めてではないような気がした。
警備員の同情めいた目がそのことを物語っていた。
私はそこから逃げるようにして、朝の清々しい街へと飛び出したのだった。