ストーリーテラーではないRPGの問題点・方向性の議論Part17
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このスレは家ゲーRPG板で続いていた「RPGの問題点・方向性」シリーズの派生スレです。
既存の和製一人用RPGのうち、
「プレイヤーにストーリーを語ることに主眼が置かれたストーリーテラー型」を除いた
RPGの問題点を考察し今後の方向性を建設的に議論しましょう。
ストーリーテラーではないRPGの問題点・方向性の議論Part16 [無断転載禁止]©2ch.net
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1488597410/ 洋ゲーのウルティマやAD&Dシリーズの一部、
国内だとロードスやファミコンジャンプ2がやってるみたいな、
エンカウント戦闘のタクティカルバトル化なんて日本だと蛇蝎のごとく嫌われるしな とはいえ最大の社会現象を巻き起こしたドラクエ初期シリーズは
スレでも何度か言われてるように割とストーリーテラーじゃないRPG要素が強かったわけで >>219
それも一例だろうね
これを意識さえすれば、選択でその場だけのテキスト差分があるだけみたいな、本質的に意味のない構造を防げると思う >>215
そうだね
これは自分の感想だけど、ガンパレードマーチや絢爛舞踏祭みたいなゲームって、
沢山のNPCが沢山いることで生まれるランダム性とか、
やれる事が些細なことから凄いことまで揃ってること(ガムを友達にあげるあげられる〜都市を制圧する)とかによって
物語をプレイヤーの物語にする試みをしてると思う
でも実際プレイした後に思い返してみると、「〜と三角関係になった」とか「イカに食べられるとこだった」「途中で〜が死んだ」みたいなミクロ過ぎる形の思い出が一続きの物語ではなく、個別の出来事としてしか自分の頭には残らなかった
物語って個々の出来事をひとつづきの何かとして解釈するあり方だと思うので、それを補う何かがあったらなぁと思う
ただ、周回プレイしてると生まれる「ひとつづきさ」もあって、
周回プレイすることによってクリアのために効率よく動くようになるので、プレイがより一つの目的に向かうようになり、個別のプレイつながりが生まれるようにはなる
だけど、それはボードゲーム的な最善手を求めるものであって、物語というよりは「解法」みたいな趣になる
TASやRTAみたいな方向性 初期のドラクエは程々な広さだからこそ受けたって面が大きいと思う
FFに関しては探索の手間を省く飛空艇を設定したおかげでドラクエと並べたって感じで
もしあれが無かったら有象無象のドラクエ二番煎じとして埋もれてた可能性が高いかと
実際ドラクエ型でマップがかなり広かった他社ゲーはほぼ糞評価か一部にしかウケてないし
ドラクエもロトが終わって天空以降で世界が広がってからは手探り型のシリーズは軒並み低評価になってる
あとロトシリーズがひと段落する前後あたりから日本経済も派遣法の悪用によるいわゆる派遣の社畜化が進んで
メンタルに余裕がない人が増えていったのも結果的にゲームに対する効率思考に拍車をかけた原因の一端ではあると思う RPGの嗜好の話が労働環境の悪化の話に変わるんだから、たまげたな ゲームだけの話で慣れあっていたい人には理解しづらいだろうけど
現実の影響が最も大きいのがストーリー性や世界観のあるゲームだと思うんだよ
例えばラノベ界隈で異世界介護チートのなろうが流行るのもリスタートが困難な日本社会への絶望からだし
一昔前にアイドルものとかが流行ったのは心に余裕があって何かしらに憧れていた時代だからってのが大きい
というか非ストーリー型RPGの何が悪いかって問題限定だとそれこそ100レスもあれば終わってる話
本当の問題を直視したくなくて同じ話題だけを延々続けたいならそれでも構わないと思うけど
建設的かつ前向きな論議もまた必要かなあと・・・
他のスレだと自身が理解できなくなると思考停止して発狂したりウザイスレチ連発するおじさんが多いけどね ここは非ストーリー型RPGの話じゃないけど
ストーリーテラーではないRPGの話
ストーリーテラーではないRPGっていうのはストーリー性の高いRPGの事だから ストーリーをどう伝えるか?
ゲーム側から語り伝えるか、プレイヤーの自主的な行動と体感を持って伝えるか
その違いでストーリーはどちらも持つ >>229
影響はあるだろうけど、
因果つけ方がちょっと単純かつ断定すぎるよ
オンラインサロンの動画とかで聞きかじった事話してない? >>229
理解させる気なしで「俺のいうことを見て察せるやつだけついてこい」だった前スレのころから少しは学んだか 非ストーリーテラーの話をするスレで
ストーリーテラーのストーリーは世相の影響を受けているって話に
何の意味が? 要は世相とゲームの形式一般がリンクすることもあるって話だろ
ものの考え方としては普通にあり得る 「現在日本の」世相が反映されているという時点で
RPGの本質から離れている気がするが…
そもそもストーリーテラーとかRPGのまがい物だろ、という基本精神が
このスレにはある 世相反映っていうと影響関係が一方的でしかないようだけど、
じゃあもっと拡張して「社会の在り方とゲームの形式が何かしら対応している」とかそういう話でもいいわけで
社会との関係性はゲームを考える上での切り口としては単純にあり得るしそれだけで否定する必要はないでしょ 社会情勢よりも単純にゲームを取り巻く環境が変わったという方が影響が大きいと思うけどな。
高額なソフトを買ってじっくり遊ぶという昔と違い、今はゲームが氾濫しすぎているので数をこなさなければならず
1本のソフトにかけられる時間が無くなった。
Epic gamesだけで週に1・2本の名作市販ゲームが無料だよ
それにフリーゲーム探しでもしたら、もう許容量がオーバーだ
ネットが充実しているから、途中で詰まっても、何日も悩むことはなく
よほどマイナーなゲームでない限り攻略サイトを見て解決
全てをコンプリートした時の真エンディングは、そこまで時間をかけられないので動画を見て終わりというのが最近のゲームとの接し方 いや、単純にものを理解する切り口の一つを丸々塞ぐ必要ないだろ
非ストーリーテラーを切り取ることができる観点であるなら何でも歓迎したらいい 話題の範囲が広がると脱落者が荒らしにまわるって問題はあるが実際に話題を
掘り下げていくと世相とか環境とかゲーム外の影響の方が大きいからなあ
ゲームだけの話にしたいならそれこそ特定ゲームの話題専門スレを立ち上げるか
ゲーム外の話題禁止のなれ合いスレにするしかない >>238
ゲーム自身が変った
ゲーム自身がただ一回話を読むだけなので動画を見たら済む
直線的にただ進むだけなので、攻略を自分で考えてもサイトを見ても面白みが得られない 動画も攻略サイトも見なきゃいいじゃん
変わったのはゲームじゃないだろ 動画や攻略サイトを見ても楽しいゲームは楽しい
動画や攻略サイトで済んでしまうようなものにゲームは変った >>240
だとしても>>229は許されてねぇよ
お前はお前で雑な床屋談義やろうとしてるのを反省しろ >>243
そういうのこそ具体例あげないと変わったのがゲームかプレイヤーかわからない
昔のゲームだろうと動画で済ませるやつは済ませるだろうよ
早まった一般化で騙すのは親だけにしとけ レトロスタイルなゲームもガンガン復刻してる時代にあまりに雑な言説だとは思うな 今更昔のPCのコマンド入力アドベンチャーみたいに、1つの理不尽な謎解きが解けずに何日も悶々と過ごすとか無理だしな >>247
スタイルと実際の中身とはまた別
最新のスタイルでも中身は作れる >>240
そういう話がしたいのなら
TVゲームと世相の関係がらみのスレを
政治板で建てて語ればよいのではないかと なろう系とか言い出す前の世間のブームは
デスゲームと人狼だったけど、そのころと世相変わってないし >>253
バトルロワイヤル系のやつじゃない?一般人が強制的に命がけのなんぞやをやらされることになって
必ずしも参加者同士の殺し合いがメインとは限らないがそういう要素もあり、みたいな
書き出すとカイジ系に見えるな。あっちは直接かかってるのが金で命は間接的にだが >>255
ありがとう。
神様の言う通りみたいなやつか。
謎解きプラスゼロサムゲームみたいな。 >>254
このスレに名無しで書き込んでますよ(^ω ^ ;) おぉ
お久しぶりです
僕もそろそ、ゲーム作ろうかなって思ってて、
また色々と教えて下さいね
今までで作ったゲームがゼルダのマップだけなんで
ちょっと本格的なの作りたくなってね >>258
何かアイデアはあるんですか(^ω ^ ;)? アイデアは特にないとも言えるし、
一杯あるとも言える
こんな風なの作りたいってのはあるけど、それは作れない
自分の作れる範囲のゲームのアイデアは特にない
まぁ作ってるうちに出てくると思うけど >>260
関所を作るなら、どうやって通るゲームにしますか? 色仕掛け
積み荷の中
賄賂
夜中
凧を使う
他で騒動を起こしてその隙を狙う
男の振り 通り抜けフープ
桃太郎じるしのきびだんご
タケコプター
石ころ帽子
スモールライト ビッグライト 光学迷彩
瞬間移動
集団催眠
手形のコピー
変装
フラッシュバン
スモーク弾
爆破
船で迂回
トンネル 盗賊団
暴れ馬
暴れ牛
モンスター来襲
などで混乱させる
役人を借金漬けや麻薬漬け
強行突破 影に潜む能力を使って
鏡の世界に入り込んで(関所の双方に鏡やそれに類似するものを配置する)
動物に変化して(蛙とか)(敵も気付いて蛇に変化) アイデアの豊富さに驚かされます(^ω ^ ;)
しかしさすがに1つのゲームで全部の方法を使えるようにするのは厳しいかと(^ω ^ ;)
私なら強力な門番を配置して、通行証など存在せず最初は金を払って通るしかなく
その先の町で仲間を増やし装備を整えレベルを上げてから門番を倒し、重要なアイテムをゲットできるゲームにしますね。 ドラクエ2で言えばローレシア王子一人の時でマンドリルと同じような強さの敵4匹と戦う感じでしょうかね
倒せば風のマントを入手
まあレベルを上げ続ければ一人でも無理矢理倒せますけど、ムーンブルクの王女まで仲間にしてバギを覚えさせて
鋼の剣を装備してからの方が楽ですからね(^ω ^ ;) >>267
なるほど
門番なんですね
世界観が現れてて凄く良いですね
何より分かりやすい
何して良いのか分からないゲームが1番つまんないから 門番でも盗賊でもヤクザでも構わないんですけどね(^ω ^ ;) 関所なら、そのまま正攻法で通れば良いんじゃない?
通行止めになっているのなら、関所破りをすれば通れない事は無さそう ちなみにゲームで何故[やらされてる]と感じる事が起きるのか
というと
作者が自分とプレイヤーの立場を分けられていないというか
作者が自分とプレイヤーを同一視しているため
作者の[こんな通り方をしたいな]がそのまんま、プレイヤーのプレイングとしての見方になっている
ここでの例は関所の通り抜け方だけど
作者の思った通り抜け方(のバリエーション)=プレイヤーの実際の通り抜け方(のバリエーション)
として作っているから
プレイヤーは作者じゃないので、作者の作った通り抜け方を選ぶしかない、となると
作者の決めたやり方によって動かかされている事になる
作者はプレイヤーの目線で[役人の目を盗んで通り抜けたい][役人を買収して通り抜けたい]
という動機で作っている
でも本来はゲームでは作者とプレイヤーは対極に位置する概念
プレイヤーは好き勝手に自由に勝手に行動するもの
作者はその勝手に自由に行動してしまうプレイヤーを取り締まるもの
プレイヤーはそれこそ抜け穴や抜け道ルールの欠陥を見つけようとする
それがゲームの前提
作者の作るのは、プレイヤーがその行動をとった場合、どのような結果を返すのか?
だから基本的に作者は、プレイヤーのとりえるすべての行動を予測して
管理しなければいけない(ルールによって)
[プレイヤーがそのような行動をとった場合][どうなるのか?]
そこを作る
するとプレイヤーは自由に動ける基盤が守られ(自由度)
やらされてるとは感じない プレイヤーが好き勝手自由に動ける場所で、通り道を関所で栓をする
プレイヤーがどんな行動をとった場合、関所の通過は許さないのか?どう通過しようとした場合それを許さないのか?
逆にどんな行動をとった場合関所を通過できるのか?[関所通過を許すのか?]
それを決めるのが本来のゲーム作り
(それを作るのがゲーム作り)
プレイヤーがどういう条件では通過不可、どういう条件をプレイヤーが提示すれば通過可か
何をすれば合格で何をすれば非合格で、何をすると失格か、どうなればゴールか?
この部分こそゲームのかなめ、ゲームの本体
こんなすごい事ができるぞっていうのは、実際はゲームとは関係のない部分
通過できるパターンだけを、作って並べてもそれは作者がプレイヤーとしてやりたい事を並べているだけで
その基準で作っても、プレイヤーのできる動作が並んでいるだけでゲームにはならない、と 要するに現代のゲーム製作の間違えっていうのは、プレイヤーの目線でものを見ていて、プレイヤーは何をできるようにしたいか?って目線でものを考えるところ
この思考回路で作るとゲームにならない
ゲーム作成に必要な思考回路ってのは、[どういう条件を達成すればゴールか?]という前提に対して[プレイヤーがもしもこんな行動をとった場合、どういう結果にするか?] 要するにゲームを作ろうとする立場なのに
[関所を自分だったらどのような通り方をしたいか]というプレイヤー目線で見るのが問題
本来作者の目線はこう
[プレイヤーを通れないように閉じ込めてやった関所に対して、プレイヤーがどのように通り抜けようとする事が予想されるか?そのどのように通り抜けようとしたら、どのようにするか]
それが制作側
プレイヤーが、こうして来たら、自分はこうする
こういう結果を返す
ってのがゲーム作者側の姿勢 ……えーと
・長文連レス壊れたラジオ
・すべては日本社会の問題
に加えて、雑談荒らしまでpopしたって事でいいのかな
日本社会の問題ニキはこのセットに入れるには可哀想だと思うけど
どうもスレ違い気味で一面的な論理展開という印象
あとドラクエは、どうしても話したいのだったら一応1はここの範疇にはなるけど
原則としては対象外と言っていいんじゃないかなあ……
システムメインで遊ぶ系に進む気はハナからないっしょ >>275
「やらされてる」感はむしろ逆ではないか?
プレイヤーがやりたいと思うことをさせないからこそ感じるんじゃないかな
そこを極限までプレイヤー(読者)寄りにしたのがいわゆる〇〇家になろうみたいなものだが
あれは寄りすぎて反対に甘やかせすぎな状態なので好む人と嫌う人が完全に分かれるけど
プレイヤーがやりたい事を理解しつつストーリーとしてどのラインまで思い通りに進めていると感じられるか
そのバランスができてないというか理解の剥離が起きているのが今のJRPGなんだけど(そして話題は繰り返し・・・>>1に戻る) やらされてる感が起こるのは、やりたくないけど
それやらなきゃ目的を果たせない状況で
しかもそれが非常につまらないから
所謂おつかいがそれ
やること分かりきってて、それがほぼ作業
これはつまらない
バイオハザードもお使いあるけど、これは
えー怖い場所行くの嫌だよぉ、、、っていうホラー上の演出みたいなもん
だから良いおつかい はいはい、これはこうするんでしょ
頭使わない
手順が簡単で考えなくても分かってるけど、
実行するのがかったるい
最近の任天堂のボス戦とかがこれに当たる >>279
日本社会の問題ニキは、たぶんゲームの話なんかやりたくないんだと思う もうゲームを止めて、早く寝た方が良さそう
長文を書くのは個人の自由だけど、読み手の事を全く考えていない文章は無意味だろう。 >>280
プレイヤーがやる事を制作側近が作り与えると
結局「やらされてる」と感じる
作り与えたルートの中から進路を選べ
ルートAかルートBかどちらから選んでいいっていうのは実は自分の決めた事じゃない
そのどちらからか選べと与えられたもの
そういう基準で作ったものは、実は複数から選択できるように見えて
実際はその与えた複数のルート以外の行動が考慮されていない
自分でやるっていうのは、人から与えられたものではないから
自分で気付いた自分の発想を試してみる事ができる >>281
複数の選択肢が用意されていて
どちらか(どれか)を選ぶと、そのやり方で進むっていうものも
実際のところは[やる事が分かりきっていてそれを実行するだけ]
例えば、目の前の関所を通過するのに
門番を殴って通過する場合と、門番に金を渡して通過する場合と選ぶものとすると
門番を殴る→通過
門番に金を渡す→通過
どちらも実際プレイしてみるとたったの一手での通過
自分が殴って通過するんだと決めたら
殴る→通過
これ以上に発展しない
なんとも面白みがない
ゲーム的に考えたら
殴ってみる→ダメだ取り押さえられた
→戻ってどうすればいいか考える
→金を渡そうとしたら「なんだ買収するのか?」と叱られた
→ダメだではどうすれば?→ちょっと街の住人にでも情報を聞いてみよう
ってなるのが実は理想
通過するのに[門番を殴ってみる]と[金を渡そうとする]とどちらも踏んでいてなおこれからも行動を踏む
ゲームっていうのは[できる事]や[やれる事]や通れる道を作ものじゃない
ゲーム作りっていうのは実は[できない事]の方を作る
基本的にできない事がなきゃプレイヤーはゴールへ直通
という前提
そこにできない事を作ってどれだけ遠回り、ゴールまでに手順を踏むようにするか?
できない事を作るとプレイヤーは[できな事以外は何でもできる前提]
なので、関所が通過できない
自分のやり方でその関所の抜け穴を見つけるため試行錯誤する
その過程で、何度も[通れない事]を踏む
お金渡そうとしたけど無理だった、殴ったら失格にされた
町へ行ってどうすればいいのか探ってきたよ
これで、たった一つ[関所を一歩通過する]ためだけに
様々な行動が内包される、まさに冒険してきた状態になる >>286
この選択肢はダメということで新しい方法を考える
選択肢が多くてもその過程が一度切りなら世界の奥深さを
伝えることはできない
その通りなんですが、禁止によって「ほほう、よくできてるなぁ」って流れはスマートじゃない
結局リプレイ性を上げて色んな選択肢を選んでもらうのが最高の答えなんだよ
ヒットマンっていうゲームは同じステージをやり込むことで
多くの選択肢を味わえるようにしている
それは、撃ちまくって敵の部下ごとターゲットを殺すことも可能だし、
誰にも気付かれずに対象だけを殺すことも可能なんだ
対象だけを殺して、殺したことにも気付かれなければ
サイレントアサシンの称号を得る ヒットマンの攻略サイト見れば
いかに多くの攻略法が可能か分かると思う
その方法をプレーを通じて
考えて工夫して見つけ出すことに夢中になるんだよね
ムジュラ(好きじゃないけど)も登場人物のタイムスケジュールが決まってるから
何度も時間を巻き戻してリプレイ性を担保し
プレイヤーに考えさせている 今僕が気に入ってプレーしてるドラゴンファングzは
シレン系のローグライク
これは高難易度で運の要素高めで
スキルやアイテムの組み合わせを工夫して
攻略していくゲーム
リプレイ性の塊みたいなゲーム
とにかく、リプレイ性が高くないと自由度の高さは伝わらない
ダメ、から工夫を促すのはテキストアドベンチャーゲームだよ、それは 仮に様々なやり方で、一つの答えにたどり着けたとしてもそれは、単に解のバリエーションでしかない
[こういうやり方もできる]また別の[こういうやり方もできる]ていうバリエーション
このバリエーションは実際、そういう別のやり方やり方もできるってだけで
一度解いた答えを同じ答えになるのに態々別のやり方でやり直したいって思うのはむしろ珍しいのでは
その別のやり方でできると分かってるからやるのならなおの事
できると分かってる事を態々もう一度実践
それを実行した結果、到達する場所は前回と同じ
というか、どんなやり方でやっても到達する場所は同じ
関所を通過するのなら
殴って通過しようとも、買収で通過しようとも
[通過完了]という結果に至るのは同じ
その別のやり方をできますよってだけ
答えも分かっていてやり方を変えるためだけにもう一度やるかって言ったら
ただ別のやり方が複数設置されてるだけで
ゲーム構造的には単純なもの
それと
むしろ[できてるな〜]=ちゃんと作りこまれてると思えるのは禁止の方
聞こえは悪いけれど[禁止]によってプレイヤーを封鎖するのがゲームとしてはスマート
プレイヤーがどこに行って難をしようとしてもいいように作らなきゃいけない
って事は逆に言えば、プレイヤーは何をやろうとしてもそれらが想定されている
また、封鎖によってプレイヤーはいける範囲が制限される
例えば大陸Aから出られない状態が作られたら、その大陸Aをプレイヤーは隅々まで歩き回る事になる
するとそこに新たな発見をできるような作りこみを徹底できる
禁止封鎖されなければ通り過ぎる景色の一つになる
殴って通過→次の場所も金払って通過→次の場所も敵をやっつけて通過
一度も止まらない
なので殆どの場所がただの通過点になる
封鎖禁止される事で初めて
その現在今行ける場所を隅々まで探索する価値が出て来る
そして作る側からみても、その封鎖によって閉じ込めた場所を作りこむ意味が出る
プレイヤーが隅々まで探索するその前提で
山の中に小屋を建ててみた、その小屋の持つ意味とは?
それらの意味もゲームに絡んで来る
通過の仕方のバリエーションと違ってそれは
探検すれば探検する程、何かが発見できたり探究できる可能性を秘めた場所
それこそ何度もやり直す価値が出る
こっちが本来的にゲームと呼ばれていたもの リプレイ性があれば結果は同じではないよ
タイムアタックなり称号なりスコアアタックなり 過程を楽しめない早漏くんが優勢な時代ゆえにワンクリ即結果の
ソシャゲに群がるようになったのではないだろうか
金出せば育成いらずで即最強になれるし属性や相関もインフレで蹂躙すればいいだけ 参加者が結果しか追ってくれないのは、その過程に"変化・干渉・個性"みたいな、参加者の振る舞いに"波及とか共鳴する要素"に備わる魅力が薄いからだと思う
典型的な育成(数値強化)主体スキルぶっぱのソシャゲは、その特徴自体が求められてるんじゃなくて、スマホゲーで"波及とか共鳴が魅力的"な要素の完成度を高めるのが難しいから シナリオも同じで、ゲーム体験をそれに従属化するからシナリオばかり注目されることになる
結果それ自体がその参加機会の最終結果にするから結果しか追わなくなる
ある結果を以降のゲーム体験にも波及・影響する途中結果にすると、その時のゲーム体験と以降のゲーム体験も含めて結果にできるんじゃないか 体験のリアリティを求めるならドラクエみたいなRPGよりはアクションゲームの方が形式として向いてる
さっき話してた関所がどうのこうのみたいなゲーム性もアクションの方がより緊迫感あるだろ
結局、RPGはテキストなり映像なりの「語りベース」を離れられなくないか? >>291
好きかどうかなんて書いてない
ゲームのもともとの意味を考えつつ機械的に書いているだけ RPGを作るときにリプレイ性を考えるべきではないと思いますがね(^ω ^ ;)
何故なら繰り返しプレイをするときにRPGのキャラクターを成長させる要素というのが邪魔になるから。
千手氏もそれを理解しているからリプレイ性の面白さでRPG以外のゲームを挙げている訳です >>298
プレイヤーとしての体験の高さはシナリオよりも
例えばドラクエ2のザラキ連発キツかったなぁ
とかそういうことなんだと思うんだよね >>298
アクションゲームで初めは従うしかないが、後からリベンジするとかいうゲーム性を組み込めますか(^ω ^ ;)? >>292
でも普通の一般人は、自分は役人を殴ってそこを通過したものを、改めて例えば同じ[関所を通過する]という結果になるのを分かった上で
役人を買収するやり方でその部分をもう一度[通りなおそうとしたい]、とは普通は考えない
過程というのは、そこを超えるための試行錯誤の過程の事を指すはず
関所を超えるためにした試行錯誤の過程の結果出てきた答えが役人を殴ってそこを通過する、だった場合
そこで通過する手段を発見するために行った失敗の軌跡は”過程”
二度目、別のやり方を意図してやるというのなら、過程はそもそも存在しない
最初から、[買収するという別のやり方]をすると分かってて決めてやっているのだから過程はすっ飛ばしていて
これは結果のバリエーション
結果といってもゲーム的な結果の事じゃない
ゲーム的な結果の部分は同じ[関所を通過する]
上で言ってる結果というのは、[結果的にルートをどう進んだのか?]という結果
むしろ、今自由度として盛んに作られてるものは
ルートの[結果のバリエーション集]では
行動は一手分しか存在しない
どのような手段→結果
どのようなやり方をするか?が複数提示されているけど
それをフッションしてるだけで過程を無視する
過程というのは、結果だけを見ると残っていないので見えない
例えば、関所を通るのに通行許可証が必要だ
その通行許可証を手に入れて、そして役人に提示してその関所を通過する
↑これは結果だけを見たもの
でもその過程を見ると、もっと膨大な事をやっている
関所を通行証なしでいろいろ通ろうとしたけれどそれをできなかった事
町でどうすればいいか探したところ通行許可証を必要な事を発見した事
通行許可証を求めたけど発行してもらえないかった事
その他、フィールドや町をどうすればいいか分からずさまよった事
そういう、経過で説明したら残らないのが過程
また、そういった過程とは実際ゲームでの楽しい部分
出来ない事、無理な通れない部分
そういう部分を何故か嫌って排除するから
すべて素通りする事になる
そこで考えなかったり、堰き止められてだからそこで行ける場所を隅々まで探索しようとしたりしない
むしろ過程を嫌ってるから、単純に直進するだけの内容にするのでは >>300
シレンみたいな常にレベル1からスタートするゲーム
育成したいキャラ毎に1からプレーさせるスタイルのゲーム(パワプロのサクセスモード)
面クリアタイプのゲームのやり込み(初代のファイヤーエムブレム)
アクションゲームやシューティングゲームの方が適してるかもだけど
やりようによってはRPGも可能だと思う >>304
言わんとすることは分かるんだよ
海外のオープンワールドのつまらなさをよく分析できてると思う
僕が考えてるのはプレイヤーに与えられたシチュエーションが毎回違うって前提なんだよ
簡単に言うと、ドラクエも町の移動にキメラの翼やルーラ使うわけで
それは関所の通り方のバリエーションが複数あるのと同じなんだよ
歩いて帰る
聖水使って歩いて帰る
死んで帰る(ペナルティはあるが)
キメラの翼使う
ルーラ使う
関所だって毎回通るという前提なら
関所側の事情で通れる条件を変えたり
何度も通るのが面倒にしたり(当然その解決策もある)
プレイヤーやキャラの能力や工夫によって解消したりね >>306
一度通過できた場所をショートカットできるっていうのと、まだ行っていない場所に対して
どうやったらそこへ入れるのかを試行錯誤しなきゃいけない状態とは別では
関所の抜け方を分かって一度関所を通ってからもう一度関所に来るのに、簡単にそこへ行けるようにするっていうのと
まだ関所を超えていないプレイヤーが関所の先への行き方をこれから導き出すっていうのとは
まだ関所を超えていないプレイヤーが、簡単にその先の町へ行ける別の裏口から行けたら困る訳で
一度も通過できていない場合そこで堰き止められどうすればそこの関所を通れるのか試行錯誤を求められるのだけど
作者の指定したそこの[通り抜け方]は基本はたった一つで
そのたった一つの答えを、その現在の状態での行ける場所やできる事の中からこね回して無から作り出す
そのためのヒントはその行ける場所で手に入る
行ける場所を探索すると何か思いがけない発見をできるかもね
例えば、目標は関所通過だけど、いける範囲の山の中へ進むとそこではちょっと強い武器が手に入ったり
そこが旨味でそこを無事通過できたのなら
一度もう通過した後は、そこは何度も歩いて進むのは面倒だから短絡的に通過できるようにしたい
一度通過した後にいろんな行き方ができてもそれが面白さにつながるような事はないように感じるけど
次の旨味っていうのは、行けるようになった新しい地での探索やさらに次の地への進み方
という感じでは 例外的に別の進み方が旨味になる場合も存在する
それは、本来の進み方と別の隠された裏道としての別の道
本来は、関所は通行証を手に入れてそれを役人に提示しなければ通れない
けれど、普通は見つけられないような隠された関所の抜け方を発見すると、ご褒美として簡単に近道できたりする
みたいな本来とは別の道としての別ルート
プレイヤーの進みたいやり方のバリエーションじゃない >>302
リアリティの話になるけど、
リアリティって機械の性能が単純に高いことではなくて、
プレイヤーの期待水準を超えてくること自体がリアリティに転嫁されてるんじゃないかと思う
思うんだけど、>>302の体験は「当時の期待水準を超えたものが家にあること」込みの体験だと思うんだよな
ドラクエっていうあの形式以前にファミコンという商品自体が生んでる体験というか
単純、「与えられた課題の困難さは楽しい」っていう話で済む話ではないでしょ
何か期待を超えてくるものが、>>302の体験を支えているとしたら、
それを現代でやる場合、古典的なゲームの形では難しいと思う 海外のオープンワールドがつまらないっていうか自分で考える脳がないから
楽しみ方が見いだせなくてつまらないってJPプレイヤーに多い受け身型思考の問題では
まあその辺の問題提起もスレの前で嫌って程されてるけどネタは繰り返すってね >>309
初期のドラクエの思い出補正が高いのはコンピュータRPGがファミコン以前だと
ハードの値段が一回り高いパソコンでしかできない金持ちの娯楽だった事もあるだろうなあ
ファミコンのネーミング自体がまさにそれだけどテレビゲームがお手軽になって
始めてのロールプレイングゲームだったからこそ
(もちろんそれはRPGというかゲームだけに限らないけど) >>309
性能にひかれただけの人たちはそうなるけど
基本的にゲームっていうのは
「与えられた課題の楽しさ」だから
困難とは違う
単に困難なだけだったら、何度もやり直さなきゃいけないような難関な壁を立てておけば済む
人間の作った課題の面白さ
ゲームって人間臭いものだから
こっちは行き止まりなのか?この道で進めるのか?
人間が作ってるから面白い
作者との心理戦のようなもの
紙の迷路だって楽しい
RPGでの2Dでの形式はこれ以上ないぐらいにはまっていると思う
いかに記号化して表現するか?が先進的 >>303
>>300を踏まえて反論すると、
それなら成長をなくせばよくて、すべてアイテム化すればよい
それはパラメータ増加の代わりにスキルをゲットしていくゲームにすることで可能
例えばサガフロ2とかアンサガとかはそういう方向性のゲームだったんじゃないかと思ってる >>312
それは物理エンジンとかが出てくるより前のゲーム観じゃないかな
2000年代ぐらいから、パズル的なものから道具的なものへシフトがあると思うよ >>313
キャラクター自体が成長しなくてもアイテムやスキルで強化できるならRPGですが(^ω ^ ;) >>310
逆だと思うけど
OWの方が受け身なプレイヤーが好む
作者が[こんな事できるように作りました][これも作りました]
いろいろできる事の中から選べる
能動的な思考だとOWはつまらない
隅々まで探検しても何も基本的に起きない
探究心を擽らない
OWって基本的には、最初に設定された事以外何もない
最初にプレイヤーは何ができて何をやれて盗みとかもできてって設定と
どこにお城や町が在って、人は生活を営んでいるって設定
それ以上何も起きない
なのでその世界内を隅々まで調べて何をすると何が起きるのか
能動的に動き回って探求する価値がまるっとない オープンワールドって言えばウィッチャー3が有名で評価高いのでやってみましたが、糞つまらなかったですね(^ω ^ ;)
移動がダルい、人の話が長い、戦闘が単調、用途を考えるのも面倒な大量のゴミアイテム…
こんなゲームやるくらいなら、アプリでサクッと無料漫画でも読んでいたいた方がはるかにマシです(^ω ^ ;) >>316
日本のプレイヤーって行動結果に対する報酬が無いとダメなんだよ
だからオープンワールドに対しても広いだけで詰まんないしか言えない
理由は苦労してそこへいったのに「アイテムがない」「報酬がない」から
打算が働いてる時点でもうそれは能動的な遊び方とは言わないんだよね
山に登った、苦労したけど達成感があった景色が良かったでもいいじゃん
何であらゆる行動に報酬を求めんの?って感じ
まあだからこそ日本のオープンワールドもどきはそれらの場所にアイテムを置くんだけど
アイテムが無いと分かってるからいかないやらないって考えは既に受け身ってこと オープンワールドが面白くない理由はそんなんじゃないよ
BGMと効果音がショボい
たったこれだけ 何も得られない=損、て直結する人は多いな
あったはずのものを失うのが損なんだけど ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています