山下達郎くん

そんなふうに人脈が広がってきたころ、山下達郎くん[*7]に出会いました。
たしか荻窪ロフトで初めて会って、音楽関係の共通の友人もいて、親しくなりました。

山下くんの音楽は、ぼくが日比谷の野音などで聴いていたロックやブルースとはぜんぜん違うもので、とても驚きました。
言ってみれば、ものすごく洗練されていて複雑なんです。ハーモニーも、リズムの組み合わせも、アレンジも。
とくにハーモニーという面では、ぼくの音楽のルーツになっているドビュッシーやラヴェルなんかのフランス音楽とも通じるところがある。
こっちは一応音大に、実際にはほとんど行ってないですけど、まあとにかく行って、何年もかけて勉強したのに、ロックやらポップスやらをやっているやつが、どこでこんな高度なハーモ
ニーを覚えたんだ、どういうことだ、と思いました。
それはもちろん独学で、耳と記憶で習得したわけです。
山下くんの場合はアメリカン・ポップスから、音楽理論的なものの大半を吸収していたんだと思います。
そして、そうやって身についたものが、理論的にも非常に正確なんですよ。彼がもし違う道を選んで、仮に現代音楽をやったりしていたら、かなり面白い作曲家になっていたんじゃないかと思います。
もちろん、複雑なハーモニーのことを突っ込んで話せる相手なんてお互いそういませんでしたから、2人はすぐに意気投合しました。

(坂本龍一『音楽は自由にする』新潮文庫)