僕は横断歩道を渡りながら、その先のビルの一階にある小さな食堂のなかを、ガラス越しに眺めていた。
席はほとんど空いているようだった。
まだ開店して間もない朝で、机を拭き歩き回っているアルバイトの姿が見える。
ところが僕のお目当ての堀シェフの姿はというと、探してもなかなか見つからない。
もしかすると今日はお休みではないかと僕は心配した。僕は鈴を鳴らし店内へ入る。
なんともきれいな内装で、透き通る空気にやわかなオレンジ色の照明の光が広がっている。
「いらっしゃいませ〜」とアルバイトが応えた。
そして厨房の奥からも、「いらっしゃいませ〜」と聞き覚えのある声が応えた。
堀シェフの声だ、と僕は安心した。
僕はカウンター席に座り、アルバイトからメニュー表を受け取る。
僕はメニュー表を一目だけ見てすぐ、『あしゅのフォアグラ』と言った。
アルバイトは即答をされて、少したじろいだようだった。
この席からは、厨房の中の様子が奥のほうまできちんと見える。
もちろん堀シェフの様子も見える。堀シェフは僕が注文した『あしゅのフォアグラ』をフライパンを振りながらせっせと作っていた。
ジューシーな音を立て白い煙が上がっている。
そしてこうばしい香りが、僕のほうまで漂ってくる。
二,三分後、堀シェフがフライパンを置いた。
アルバイトが白い皿を受け取り、それを持って僕の席まで歩いてくる。
『あしゅのフォアグラ』は、僕の目の前に置かれた。長い間夢見てきた、伝説の裏メニューだった。
それは緑のバジルソースにまみれ、ところどころ、焦げ茶のまだら模様が透けている。
僕は持参のマイ箸を胸元から取り出し、それで挟み、食べる。
なかに軟骨が入っているような、カリコリとした意外な食感に驚いた。
味はフォアグラそのもののように思えたが、こちらのほうが格段と甘い味がし、よりデザートに近いと思った。
さて、会計のときである。
『あしゅのフォアグラ』は裏メニューで、そのために値段は不明だった。
僕はレジの前で値段をアルバイトから聞かされたとき、膝から崩れ落ちてしまった。
アルバイトは救急車を呼ぶべきかどうか焦っていた。
しかし僕は意識はあったので、そんなことしなくて大丈夫だと言った。
『あしゅのフォアグラ』の値段は、二十八万円であった。
材料があまりにも希少で、気候に恵まれない年には年に三つほどしか取れないということだった。
僕は携帯を取り出し電話をした。少し経って、必死な形相で家きゅんがやってきた。
スウェットにジャンパーというズボラな服装をして、くるくると寝癖が立っている。
僕は一通りのことを家きゅんに話した。
懐の深い家きゅんは、あしゅのことならなんでも助けてやると言って、全額を払ってくれた。


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