護憲派から罵詈雑言
安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。日本丸は嵐の中で羅針盤を失った感がしたが、参院選結果は「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の図で護憲政党が凋落(ちょうらく)し、改憲政党は3分の2を占めた。安倍氏の「日本を取り戻そう」が蘇(よみがえ)る。

取り戻すべき日本を安倍氏は「美しい日本」と表現した。逆に言えば、戦後日本は「醜い日本」。国際社会の平和創出に汗を流さず、自国の守りすら他国に依存し、歴史と伝統を顧みず、人権と個人至上の鵺(ぬえ)のような国―。いずれも現行憲法の所産だ。

安倍氏は改憲に政治生命を懸けたので護憲派からは蛇蝎のごとく嫌われた。「ペンは剣よりも強し」というが、安倍批判は悪意の刃(やいば)を思わせた。安倍氏死亡を伝える各紙9日付の中で唯一、読売は「『戦う政治家』安倍氏の首相退任後も中傷続々 批判が先鋭化・演説を妨害」とその異様さを取り上げ、こう書いた。

「(2015年の安保関連法案審議では)野党共闘を主導した大学教授が『暴力をするわけにはいかないが、安倍に言いたい。お前は人間じゃない。たたき斬ってやる』と言い放った」

左派集団が選挙演説を妨害する活動も増え、19年参院選では札幌市内で演説中に男女2人が「安倍辞めろ」とヤジを飛ばし警官が制止。2人は「政治的表現の自由を奪われた」として北海道に損害賠償を求める訴訟を札幌地裁に起こし、今年3月に勝訴した。首相退陣後も「(ツイッターなどのSNS上では)『うそつきは安倍の始まり』『安倍死ね』との書き込みが行われている」と読売は指摘している。

これに産経が続き10日付主張で「言論と暴力 死守すべき自由とは何か」と問うた。

「言葉は時に、暴力ともなり得る。安倍氏ほど、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられてきた政治家はいまい。メディアや識者、ネット空間に至るまで、さながら『安倍氏には何を言ってもいい』という免罪符があるかのような状況だった」

その上で産経は「安倍氏が亡くなった後も、犯行を支持、肯定し、被害者を揶揄(やゆ)するような匿名の投稿があふれている」とし、「『死ね』『シネバ』『氏ぬの』。こんな言葉の数々は死守すべき言論の自由に値するのか。暴力そのものではないか」と憤る。


警察に猛省迫る読売
札幌地裁判決では朝日は「裁かれた道警 許されぬ憲法の軽視」との社説を掲げて北海道警を断罪(3月29日付)、1面コラム「天声人語」は道警の警備を「ロシア流、ミャンマー流の弾圧を水で薄めただけ」と罵(ののし)った(同27日付)。まさか警察は朝日の警備批判に恐れをなして手を緩めたか。そう邪推したくなる。

読売の前木理一郎編集局長は9日付1面で「一体、警備体制はどうなっていたのか。世界で最も治安が良いとされる日本で、参院選のさなか、2度首相を務めた人物が白昼堂々、銃で撃たれる」と嘆じ、「日本の『安全神話』を揺るがす国家的失態だ」と警察に猛省を迫っている。

さらに9日付社説は「要人警護の体制不備は重大だ」の見出しを立て、札幌地裁判決を俎上(そじょう)に載せ、「要人警護のあり方に検討の余地はあるにしても、容疑者がやすやすと至近距離まで近づいて発砲するまで、何の措置も取らなかったことなど、対応に不備があったのは明らかだ」とし、警備体制の検証を求めた。