萩原朔太郎
明治19年〜昭和17年(1886〜1942). 詩人。
群馬県生まれ。慶應義塾大学中退。高校時代からマンドリンやギターを習う。
大正2年北原白秋の主宰誌「朱欒」に短歌と詩を発表、
同誌で室生犀星を知り親交を結び、ともに白秋を崇敬した。
大正5年犀星と詩誌「感情」を創刊し、翌年第一詩集『月に吠える』、
12年に『青猫』を刊行し、日本の詩壇に根本的な変革を示唆し、
後進の詩人たちに大きな影響を与えた。
ほかに詩集『純情小曲集』『氷島』、歌集『空いろの花』、詩論『詩の原理』
アフォリズム集『虚妄の正義』、小説『猫町』など。
大正5、6年坂ノ下の旅館に滞在し、14年から15年にかけて材木座に居住した。
http://www.kamakurabungaku.com/literature/w100_6.html ,,,_ _ァュ,,..__
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萩原朔太郎 55
名無しさん@お腹いっぱい。[]投稿日:2007/10/13 02:32:57 ID:aY3MzJlp
朔太郎は若い頃は西洋志向が強かったが
晩年は「日本回帰」を標榜していて
朝日新聞に依頼されて「南京陥落の日に」を発表している。
もし朔太郎がもう少し長生きしていたら、戦争賛美詩を沢山書いて
戦後に戦争責任を厳しく追及されてたかもしれない・・・。
そう考えると昭和17年の時点で死んでしまったのは良かったのかも・・。 川上弘美「東京日記 卵一個ぶんのお祝い。」平凡社をよむ。
カバーの手触りがとてもよい。
わくわくして開くと本の表紙の裏となかの接着が露出していてしゅんとする。
お風呂で読んだり、踏
み付けたり、ぐちゃぐちゃに鞄にいれて帯がちぎれたり、
ふだんまっとうに本を扱ってないクセに。
川上さんの文章は漢字の使い方がおもしろい。
しばしば川上さんの小説には存在し得ないものがたくさんでてくるのに
不思議にリアリティがあるのとちょうど反対。
もちろん、ぜんぶほんとの日記なんてありえないんだけどね。
しかし観察眼というか触角?がすごい。
正直、この人は詩人をやるには散文的であり過ぎた人なのでは、と思う。
この人の詩を読んでると、やけに説明的なのに出くわすことがある。
「理性の、幻想の、情感の、いとも美しい神祕をおもふ。」とか、
「ああかの神祕なるひとつのいめえぢ――「美しき死」への誘惑。」とか、
読者にイメージを感じ取って貰う前に直接的な言葉で表現しちゃってる気がするのです。 >>22
その割には、散文書かせると、必ずしも流麗で
なかった。散文は散文で、完成されない奇形を
示した。どちらにも適応できない、何か欠陥
のありそうなところが、この人の面白さです。 どこにカキコしていいのか分からないのでココにさせて頂きます
朔太郎の孫 萩原朔美氏がゲストで出演するトークイベント
「予告する光 gozqCine」吉増剛造映像作品2006-2011
ポレポレ東中野 11/7/30(土)-8/19(金)
朔美氏の話を聴けると思い楽しみにして行ったのですが
剛造氏が全て話を取ってしまい、ほぼ剛造氏の独演会
何のためにゲストを呼んでいるのか分からんばい
剛造氏 サービス精神旺盛でお人柄も方のようにお見受けしましたが
それにしても喋り過ぎ もっと朔美氏の剛造観とか
プロの映像作家から診た剛造シネ分析を聴きたかった
ひょっとして剛造氏ってアスペ的な部分があるのでしょうか? この板には昔私が潰したコテのスレが地下に眠っている
永遠にスレが掘り返される事のないように願う >>23
うーん、散文に対して流麗さを求めるならそうかもしれませんね。い抜き言葉がやけに多用されてますし。
散文の中でも、「小説」「エッセイ」というより「雑文」と呼ぶべき類の文章のほうが楽しいですね。 たしかに、上手く説明できないけど、非常に独特な文章なんだよね。
かといってわざと崩している感じもしないし 朔美さんの「天使の声」がすんごい好きで、新品で買いたいんだがもう絶版かな?
萩原朔太郎は本当に凄いと思う
・・・・だのに過疎ってるな。。。 萩原朔実って多摩二部の先生だよね。
受けようか悩んだ事がある。 え、このスレさびれててつらい、過疎ってこういうことか。
いま日本図書センター発行の『作家の自伝47 萩原朔太郎』を読んでいるが、
たしかに手紙などの文章も全体的にとっちらかっていてなかなか読みづらい。
しかしそれがさらに根底から病人・朔太郎らしくて魅力的に感じる。
とりあえずまあわたしは「蛙の死」が好きで淡々とした描写や句読点の使い方も良くて、
それからというものひっきりなしに蛙が殺されたいので。 マジで誰もいねえな
「殺せかし!殺せかし!」は楽しくなった また記念館にいってきた
滅多に人がこないどこかさびれた雰囲気はまさにこのスレのようで堪らなく好き 記念館行ってみたい
朔太郎で卒論書きたいけど朔太郎はそういうの嫌がってたっけなあと思い悩み中 記念館といっても、生家の土蔵と書斎と離れ座敷を移築しただけの
そこまで大したものでないから、初めて行くとがっかりするかもw
ちなみに本来の生家跡は今は記念碑があるだけで、大きなマンションが建っている >>38
作品は生み出された瞬間から作者を離れて独り歩きするのが宿命だ。好きにして良いと思いますよ。
偏見ですが、朔太郎ならそういうのを表向き嫌がるフリして内心では喜びそう。
>>8
氷島いいよね!もしかして「アイスランド」と読むのだろうか、と時々疑う。 氷島は三好達治を始めとして、当時は否定的な評価が多かったらしいけど、
むしろ朔太郎は口語よりこういう文語調の方が気質的に合っていたのではないか
とすら俺は思ってしまうんだよなあ
とくに同時代の大手拓次なんかと比べてしまうと 娘も娘なりにDQNなので大丈夫。詩人の子は詩人だ。 そうなの?なんか知的障害が残ったとかどっかで読んだような・・・ みんなぁ〜〜〜〜〜お待ちかねのぉ〜〜散文詩さぁ〜〜〜〜
石原都知事のフランス語蔑視問題が、記憶に新しいのですが、最近の靖国問題
と周辺の問題を調べていたら、次のようなことに気づきました。
確か、フジテレビの安藤と木村による報道ですが、フランス語の問題につい
ては、石原都知事は、謝罪しました。その際は、二人のアナウンサーも、差別を
問題視するような怪訝な表情を浮かべました。しかし、その後、イタリア文化
会館の壁の塗り替え問題を報道する際には、「街の景観の条例」を武器に、イ
タリア文化会舘の塗り替えを強く要求しました。その際は、あたかも正義を振りかざすかのごとく、塗り替えの正当性ばかりが強調されました。
しかし、実際には、国際問題としてかなり深刻であり、芸術蔑視にあたり、これは、フランスの問題と同様に、「イタリア差別」にもかかわら
ず、イタリア人には、むしろ、フランス人に対するような、石原都知事の謝罪を求めるべきではないでしょうか?
なかったわけ当然、何食わぬ顔の安藤・木村のようなマスメディアも、
差別に対する謝罪報道が必要ではないでしょうか。
>>50
>なんか知的障害が残ったとかどっかで読んだような・・・
確か次女がそうだったはず 詩の表現の目的は単に冗長のための冗長を表現することではない。 小説「猫町」の絵本バージョンが欲しいぜ。
でもお金が無いんだぜ。 >殺せかし!
三好達治撰の岩波には入ってないよ…
青空文庫見たら「氷島」に入ってるらしいけど wikiに次女に知的障害があったと書いてあるのですが、詳しく知ってる人いますか? 強い選手奪えば勝てるの当然なのに
そんな卑怯な手で優勝できても巨人ファンの人たち嬉しいのかな?
ボウカーも案の定だしいい加減まともな選手育成しろって言いたくなるね >>61
萩原葉子『父・萩原朔太郎』に載っている範囲でお答え致す。
もともと妹さんは病気がちで、あるとき高熱を出したのだが、産みの母親は「どうせすぐに治る」と構わず遊びに出かけ続け、
朔太郎もまあまあ看病はするものの、結果的に医者に匙を投げられ、
ようやく熱が下がった頃には、ずっと高熱に浮かされていたせいで知的障害が残ってしまった、ということらしい。 ぼくは彼女を黒い太陽に譬えるだろう、もしも光と幸福を注ぐ黒
い恒星を考えることができるのなら。だがそれよりさらに、彼女は月を思
わせる、疑いなくその恐るべき影響力を彼女に残した月を。冷やかな花嫁
に似た牧歌の白い月ではなく、不吉な心酔わせる月、雷雨含みの夜の底に吊るされて、走り
行く雲に小突かれている、あの月を 太陽はすでに沈んでいた。荘厳な夜があたりを支配していた。子供たちは互いに別れて、それぞれが、自分では知らぬままに、環境と偶然にしたがって、
己の運命を熟させ、身内の者たちの眉をひそめさせ、
あるいは栄光に向かってあるいは汚辱に向かって、進んで行ったのである。 この詩人の雑文系作品に漂うしょうもなさが可愛らしくてならない。 おわああ ってさっき外で猫が盛ってた
朔太郎さんイケメンだと思う >>78
サンクス。・・・何かしけてるなwwwwwww
平日or休館日に撮影したからかな・・・
太宰の斜陽館なんかは人気がありそうだけどねwwww
いや、俺たまに行くけどたぶん休日でもこんな感じだと思うw
戸は基本閉め切りで電気も自分でつけなきゃだから、知らないでそのまま帰っていく人もいたし
でもそこがいいw >>80
詩文学板みたいだなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
「働け、なんでもいいから働け。」
というのが父の口癖であった。
朔太郎は非生産の浪費的な人間であり、生活無能力者であり、廃人同様のなまけ者であった。
ある時父は朔太郎に言った。
「社会主義というものを知っているか。社会主義というのは、働かない奴は食う資格がないということを説くんだそうだ。立派な真理だ。お前も少し社会主義でも勉強しろ!」
しかし、ついに働くことのできなかった朔太郎に父はあきらめて言った。
「お前は一生飼い殺してやる。下手に会社なんかへ勤めたがるな。なにもしないで良いから、なるべく金を使わないようにそれだけ一生気をつけて居れ。」 時計の針がぴたりと止まれば歪んで溶けて
生きてる全てのものが動かなくなり
その向こうに居るライオンと女が渚で笑ってる 朔太郎が何故旧制高校中退したのかが謎だ。
順調に進級していれば余裕で東京帝大に入れたのに。
朔太郎のいた旧制第五第六高等学校
どちらも名門でナンバースクールと称されてた。
少なくとも高校だけ見れば下位(とは言っても難関)高校に入った太宰とか中曽根よりは上だったのにな。
何かの病気だったのかな?
社会不適合者だったらしいから2ちゃんねらーとは相性よさそうだなWW
もはや病気だな。
彼の詩のテーマは憂鬱 陰鬱 だっけ?
詩集一冊でダメ人間の出来上がりってかWWWWWWWWWWWWWW
詩は難しそうで手を出したことがないのですが、大人になってから改めて挑戦しようと思います。
萩原朔太郎さんの著書でおすすめがあったら教えていただきたいです。