テレビを少し見て、女性の正義と言いますか、男性を気にしないことがそして、女性
の感覚のみが正しさであるという論調を拝見したんです。それは、何も知らず、何も考
えないことこそが正義であるかのようで、そのことは、男性の処女性を重んじること
に甘えていることだとわたしは思いますが、あたかも自由であるかのように振る舞う
ことに違和感を感じました。知らないことを誇ることは痛みます。けれど、自分である
ことを、守ってほしい。頼りなく感じたって、自分の眼差しを投げかけてほしい。
その時に、謙虚でなければ、実らない。印象を映像にするお仕事の中でも、強いメッ
セージが放たれていることを、さらに刺激的に映すのなら、その中だけだと思いませ
んか。どこまでも望める中で、自らの言葉や思いに耳をすませて行ってほしいなっ
て、わたしは、自分を振り返りながらそう思います。あまり言葉にしたくはなかったこ
とですし、言いたくありませんでしたが、そう思っているということを伝えなければ
いけないことに、痛みを与えてしまうことに複雑な気持ちを抱きますが、
それこそを、少しずつ丁寧にして行くんだって、自分の言葉に責任を持ち、見つめて
行く中で、ささやかながらの自信もついて行くかもしれないと、わたしが自信が欲し
いわけではないのですが、けれど、、そんな間違いを男性は認め守ろうとなさるでし
ょうし、誰も、正しさへと導けれない。母親の役割の重大さを感じているところです。