>>481
一君万民論というやつで、中華皇帝制度を援用し、吉田松陰が幕府権力の否定にもちだしたもの。
この理論が明治政府の皇帝化した天皇をつくりあげた。

長州閥は薩摩藩を西南戦争で中枢から排除し、
この明治天皇というまだ未成年の人物を御輿にかついだ。
その結果として偶然、尊皇論者で皇族の母と妻をもつ徳川慶喜側に無血開城させた。
つまり徳川は天皇に禅譲した。
(皇族の血族関係や、徳川家間の思想の差を知らない薩長藩閥にとってこのことは不可解で、理解不能だったため、
形式的に武力倒幕した事に仕立てるべく、まだ無実の徳川への領地分割や政権からの排除を不満がっていた会津藩らを犠牲にしていく)

山口県選出の安倍はこの種の明治維新の経緯を理想化している為、
一君万民により近い、明治憲法的な「元首」に、天皇制度を退化させようとしている。

現天皇は「象徴」という、水戸学的な大義名分論(天皇は権威でそれを奉る政府(幕府)が執政を代行する)に日本側の理論的裏づけをもちつつ、
イギリスの議会主義的象徴王政を模倣した形にある。天皇は明治憲法的な専制皇帝より、この象徴天皇の形が、
より(将軍や摂関家が執政していた中世頃の)天皇の伝統に近い、と述べていた。