「ア゙ァーッ ォギョヴァアア!!」
小学校中に響く叫び声。
またアイツか、そう思い私は溜息をついた。
「先生、また草林くんが!」
女性教諭が職員室に駆け込んでくる。
「申し訳無い、今行く」
私は机の脇に掛けてあった木刀を手に取り、四年生の教室へと走る。

私はこの片田舎の町で児童相手に教鞭を取ることを何よりの誇りとしていた。
そして私の息子である草林は、児童の一人としてこの小学校に通っている。
「家族と、家とは別の空間で生活するとは、気恥しいながらも幸せだろう」と思われる方もいるかもしれない。
しかし草林には、そもそも人間としての問題があった。
彼は知的障害児だったのである。
しかもそれは先天的なものだった。 人間の遺伝子情報を構成する染色体は二十三対存在するが、彼の二十一対目の染色体は六十兆個にわたる細胞全てについて一つ分多かった。
いわゆる二十一番トリソミー、ダウン症である。
彼は小学四年生になっても一桁の足し算すら出来ない知能であった。
おまけに彼は遺伝子の采配が狂っていたせいで、知能と引き換えにその身体の成長速度は異常であり、身長は小学四年生にして既に百八十センチメートルに達していた。
しかし田舎のちっぽけな小学校に擁護学級を作る余裕など無いため、仕方無く一般児童と一緒のクラスに入れられていた。 授業の度に彼の鉛筆は歯形と唾液にまみれ、ノートは破られて草林の口腔内で咀嚼されていた。
担任と同級生は草林のおぞましい行動を引きつった笑みを浮かべ見るしか無かった。 アレを製造した私にも間もなく冷たい視線が送られるようになった。