●「乗客缶詰」の軽視があるのでは
今回批判が高かったのは、やはり停止した列車からの乗客の救出が遅れたことです。
概ね1時間で救出が開始されたとはいえ、列車によっては3時間以上たって電車を動かしてようやく駅に辿り着いたり、
最悪のケースとしてはトンネル内で4時間以上缶詰にしたケースもありました。
架線溶断となると、復旧は物理的な作業を伴いますから時間がかかることは確実です。実際、2時間以上かかっているわけです。
にもかかわらず線路へ降ろして最寄り駅への誘導が始まったのは約1時間後。要員も多いはずの拠点駅の近くで、
これほど遅れる理由はないはずです。結局は乗客を缶詰にするということに対する意識の低さがあるとしか言いようがありません。
復旧への時間のかけ方もそうですが、生身の人間が被害を受けていることへの想像が欠如しているとしか言いようがないことと、
被害を与えても払い戻しなどの「損害」発生がほとんど発生しないということもあるのではないでしょうか。
缶詰になった乗客に対して缶詰になった時間に応じて払い戻しなどの支出が発生するわけでもないから、
より早く、と言う意思が働きにくいと言うモラルハザードすら指摘できるでしょう。
そもそもこれだけ長時間缶詰になると、乗客の健康面の問題が出てきます。
かつて京浜東北線で春先に起きた事故で、なかなか開放しなかったことで気分がすぐれなくなった怪我人というか
病人が多数出た事故がありました。この事故を契機に209系の窓を開閉可能にする改造が始まったわけですが、
今回のような梅雨時のラッシュ時もそうですが、盛夏の場合、熱射病や脱水症状など非常に危険な状態になることも考えられます。
また、そこまで行かずとも、トイレの問題もまた深刻です。大半の電車が近郊型車両ゆえトイレがあるとはいえ、
ラッシュ時の車内、トイレのある車両までの移動は困難ですし、あまつさえ停電ですから、
排泄物の処理も出来ないでしょう。そうした状況下で、何時間も缶詰にすることで、
今回は「非常に切迫した状況」に追い込まれたり、さらには「人間の尊厳にかかわる」状況に追い込まれたケースがあった。
このトイレの一点においても早期の救出手配をしないことがどれだけ乗客を身体的精神的に苛むか想像するだけでも辛いものがあります。