「頑張った」なら使ってもいいッ!
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「頑張る」…そんな言葉は使う必要がねーんだ。なぜならオレやオレたちの仲間は
その言葉を頭の中に思い浮かべた時には!
実際に頗る頑張っちまってもうすでに終わってるからだッ!だから使った事がねぇーッ
「頑張った」なら使ってもいいッ! 異性の間では、一方が男であり一方が女であるのだから、
その友情にどこやら恋の香りも漂っていそうに思われたり、 恋愛と友情との境にある模糊とした感情の霞がひかれていて、
きょうはそのあちら側へ、きのうはこちら側へと心の小舟の操られるサスペンスに、
異性の友情の趣があるとでもいう風に気分の上で描かれているところはないだろうか。 ゲーテだのルソーだの岡倉天心だのの伝記には、
恋愛と同義語のような異性の間の友情が出て来てもいる。 異性の間に漠然とした関心、興味、ある魅力が感じられているという状態のとき、
それは互の条件次第で恋愛としてのびることも想像されると思う。 けれども、異性の間でも、
友情が友情としての感情内容をはっきりうけてあらわれた場合、
その感情の本質は、あくまで友愛であって恋愛ではないし、 それが友愛として持つ感情の性質では、
同性の間の友情の本質とまったく同じ社会的な地盤に立っているものであると感じられる。 自然な女の心持で、異性の間の友情を考えると、
どうしても女同士の友情というものが浮んで来る心理の必然が、
おのずからこの感情の本質的な機微にふれているのではなかろうか。 恋愛というものは、この社会の歴史の現実のなかで、
男と女とが相互的ないきさつでおかれている矛盾や対立やについて、
客観的にそれを把握した生活態度がきまっていなくても生じると思う。 矛盾そのものの発現としてさえ、恋愛はあらわれ得る。 けれども、異性の間の友情は、その輪廓のうちに女は女としての、
男は男としてのめいめいの恋愛の経緯までをこめたものとして感じられるのだから、
その点でも女同士の友情と性質がひとしい。 そして、女が女としての自分たちのありようを客観的に見て、
そこに働きかけてゆく一定の生活態度をもって、
初めて女同士の友情の可能に立つとおり、 異性の間の友情も、男と女とが、
この現実のなかで置かれている相互の対立の意味、反撥する利害の社会的な意味、 それに対して処して行く上での一定の人生態度というものがあって、
初めて友情を以て互に認め合う人間交渉が生じて来るのである。 別の言葉でいえば、
Aという女がBという男に対してとる態度。Bという男がAという女に対してとる態度。 その間に人生への態度として共感が生れ、それをCという感情とすれば、
それが異性の間の友情と呼ばれるものであろう。 女は女として、
男は男としてそれぞれにはっきりした生活態度を持っているということが、
ここでますます決定的な条件となってくる。 さもなければ、友情という感情は、その本来の人間的実質をうけることができない。 いわゆる趣味を通じて異性の間が結ばれるけれども、
社交性とは違う友情という点からいえば、同じカメラに対するにしても、
それに対する一定の態度において、
互の評価なり敬意なりが可能であるということが求められるのであると思う。 境遇が同じだというだけで友情は育ち得ないとおり、
趣味の対象が同じだからというだけでは友情に至らないのである。 年齢やその他の生活事情で、
友情と恋愛との区別が互の感情の中でつき難いということも、
現実にはしばしばあることにちがいない。 それは否定されないけれども、それだからといって、
異性との間に友情はないというのは、明らかに一つの誤りであり、 そのこと自身、今日もなお私たち女や男が、
人間としてどんなに狭く貧相な感情の種目で、
しかもぼんやりしたり混乱したりしているその内容のままで日暮しをしているかという、
社会のありようを告白してもいるのである。 大体友情というものは、昔からなぜ尊重されてきたのだろう。 普通美や善というように人生に永遠な友情というものがあって、
それを私たちが生活の現実の中に得ることがなかなかむずかしいから、
尊重すべきものと説明されて来ているように思う。 自分たちの生活にもたらされているいくつかの
女同士の友情や異性の間の友情というものの過程をたどって考えてみると、 どうも永遠な友情というものの方からその価値はいえず、
むしろ激しい生活の風波にもまれている境遇を貫いて
互に一生懸命失うまいとしている人生へのある態度の側から、語られてゆくと思える。 人一人の生涯の推移変遷は予測しがたいところがある激しさだから、
ある時期は互の移りゆく速力が倍加した速力となって
互に作用し合うような時期もあるだろう。 そういうときでも、なおその間に十分な同感、
納得、評価が可能であるだけの確乎とした生活態度が
互の生活に向っても一貫されているということこそ、稀有だろう。 自分の生活、友の生活に向ってそれだけ強い意識をもちつづけ得るほどの
強靭な人間性というものが珍しく、
従ってその上に初めて可能に現れるしその友情が珍しい人間の歓びであるのだと思う。 同性の間で真の友を得ることができない女や男が、
異性との間に友情と呼ぶにふさわしい感情を培いえている例は見ない。 人間関係を大切に思い評価しあう心が根源をなしている友情で、 それが異性の間にある場合、私たちはそれぞれのひとの配偶としての同性に対して、 友の生きかたを尊敬する意味において十分鄭重であるのが自然だと思う。 同性の友情が、常にその友の対手である異性に対して、
友の感情の必然を理解しているという意味から慎重であり、
節度をもっているのが自然であると同様に。 友情のそういう健全な敏感さは、日常の接触のおりおり、
みだす力としてより整える力として発露して、
異性の間の友情をも調整して行くものである。 くだらない偶然で紛糾をひきおこすことは避けるだけの実際性にも
富んでいることが生活態度としてある貴いものを与えることにもなるのであると思う。 友情という二つの文字は簡単だが、そこにこめられてある内容は何と複雑だろう。 まして、異性の間に友情が友情本来の社会感情の内容で見出されはじめてから、
歴史はまだずいぶん新しい。 友情という感情内容が何となし薄味であるかのように感じられる程、
それは異性の間に社会感情の間では若々しい芽である。 社会的には全く複雑な要因に立つ異性の間の友情が、
いたるところで一見まことに単純自然な花々を開かせているという気持よい人間的美観は、 私たちの気短かい期待でいきなり明日に求めても無理で、
個人と社会とのそこに到ろうとする着実な一歩一歩のうちに実現されて行く可能なのである。 「困りましたでは、私のほうで困ります。何か、聞かせて下さい。」 「人間は、正直でなければならない、と最近つくづく感じます。おろかな感想ですが、
きのうも道を歩きながら、つくづくそれを感じました。ごまかそうとするから、
生活がむずかしく、ややこしくなるのです。正直に言い、正直に進んで行くと、
生活は実に簡単になります。失敗という事が無いのです。失敗というのは、
ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合の事を言うのです。
それから、無慾ということも大事ですね。慾張ると、どうしても、ちょっと、
ごまかしてみたくなりますし、ごまかそうとすると、いろいろ、ややこしくなって、
遂ついに馬脚をあらわして、つまらない思いをするようになります。
わかり切った感想ですが、でも、これだけの事を体得するのに、三十四年かかりました。」 「お若い頃の作品を、いま読みかえして、どんな気がしますか。」 「むかしのアルバムを、繰りひろげて見ているような気がします。
人間は変っていませんが、服装は変っていますね。
その服装を、微笑ほほえましい気で見ている事もあります。」 「何か、主義、とでもいったようなものを、持っていますか。」 「生活に於いては、いつも、愛という事を考えていますが、
これは私に限らず、誰でも考えている事でしょう。ところが、
これは、むずかしいものです。愛などと言うと、
甘ったるいもののようにお考えかも知れませんが、むずかしいものですよ。
愛するという事は、どんな事だか、
私にはまだ、わからない。めったに使えない言葉のような気がする。
自分では、たいへん愛情の深い人のような気がしていても、まるで、
その逆だったという場合もあるのですからね。とにかく、
むずかしい。さっきの正直という事と、少しつながりがあるような気もする。
愛と正直。わかったような、わからないような、とにかく、
私には、まだわからないところがある。
正直は現実の問題、愛は理想、まあ、そんなところに私の主義、
とでもいったようなものがひそんでいるのかも知れませんが、
私には、まだ、はっきりわからないのです。」 「教会には行きませんが、聖書は読みます。
世界中で、日本人ほどキリスト教を正しく理解できる人種は少いのではないかと思っています。
キリスト教に於いても、日本は、これから世界の中心になるのではないかと思っています。
最近の欧米人のキリスト教は実に、いい加減のものです。」 「そろそろ展覧会の季節になりましたが、何か、ごらんになりましたか。」 「まだどこの展覧会も見ていませんが、このごろ、
画をたのしんでかいている人が実に少い。すこしも、よろこびが無い。
生命力が貧弱です。
ばかに、威張ったような事ばかり言って、すみませんでした。」 云うまでもなくそれ自身としてはブルジョアジーのものである処の、
わが国に於ける文壇や論壇、又学壇をさえ一貫して、
マルクス主義的・社会科学的・認識が今日では可なりよく普及していると見て好い。 一部分の、無意識的にか又は故意にか、
敢えて迷蒙に止まろうと欲しているとしか考えられない諸反動分子は例外として、
わが国のインテリゲンチャ層は大勢から云って、
マルクス主義的・社会科学的・諸範疇を夫々の程度に承認し、
而も之を相当日常化して使っているだろう。 諸種の反動的な「学者」や「専門家」達にとっては、
それにも拘らずこの概念は、あまり好ましくない、
厄介な、又は軽視されねばならぬ、ものであるように見える。 之は高々一群の学徒にしか過ぎない社会学者達だけが口にしても好い言葉であって、
その社会学者達自身さえが止むを得ない必要のない限り
真面目に用いてはならぬ言葉である、と彼等は考えているようである。 こう考えて見ると、イデオロギーという概念を承認するかしないか、
又どの程度に夫を承認するかは、
その国のインテリゲンチャがどの程度に進歩的であるか無いかの標準になる。 蓋しインテリゲンチャの最も手近かな問題は、
要するに知能的な――インテリゲンツの――問題であって、 従って文化とか意識とかが彼等の何よりもの生活問題になるのが普通だから、
彼等にとってはイデオロギーが最も手近かな問題であり、 即ち又イデオロギーの問題は、
彼等によってこそ最初に取り上げられる理由があるのである。 わが国のインテリゲンチャも国際世界の大勢に従って、
資本主義制度の社会的停滞と共に次第に無用のものとなり、 それだけ自然の結果として低能化して来た今日、
丁度ドイツの学生達が反動的であるように
――彼等はその進歩性をフランス大革命への感激の涙と共に流し去って了った
――反動化しつつあるのは事実である。 そうだとすればたといイデオロギーという言葉が一般的に適用していても、
イデオロギーという問題そのものはわが国のインテリゲンチャにとって、
次第に意味を失って行くかも知れない。 インテリゲンチャはその唯一の特有な社会的能力である処の
彼等のインテリゲンツ(知能)を失って了う、
イデオロギーなどという問題は彼等にとってどうでも好くなる。 この問題は、自己満足的な低劣なジャーナリズム(ジャーナリズムは
併し本来そういう低劣なものではないのだが)の欲するままに
躍っては消える流行に過ぎないと云うことにもなるだろう。 イデオロギーの問題は少くともインテリゲンチャが進歩的である限り、
常に支配的な問題に止まるだろう。 だが、インテリゲンチャの反動化
――併しそれはインテリゲンチャのインテリゲンツ喪失・低能化・自己喪失と一つである
――と共に、イデオロギーの問題も亦消滅すると考えたならば、
夫は大きな誤りだと云わねばならぬ。 否この問題はプチブル・インテリゲンチャなどの眼の前からは、
出来るだけ早く消え失せて行くがいい。その時こそは、この問題が、
大衆自身の本当のインテリゲンツの興味の対象となることの出来る時なのである。 イデオロギーの問題は、或る意味に於ける観念乃至意識の問題である。
で観念乃至意識が又或る意味に於ける根本問題の一つである限り、
イデオロギーも亦――或る意味に於ける――一つの根本問題でなくてはならぬ。 ――だが「観念」乃至「意識」の問題とは抑々何であるか。 一体近世哲学の何よりもの特色は、
それが色々の意味でではあるが結局「意識の問題」から出発するという点に横たわる。
すでにデカルトは自己意識――我考う故に我在り
――を哲学的省察方法の立脚地としたことは能く知られている。 ライプニツやカントの問題が意識――表象者モナド・意識一般
――であったことは云うまでもないが、
最も意識の問題から遠いと考えられるスピノザさえが、
実体概念の必要な一条件として、
それ自身によって考えられ得るという点をつけ加えるのを忘れない。 フィヒテの純粋自我、シェリングの自由意志の省察、ヘーゲルの絶対精神等々、
凡そ近世の、特にドイツ的精神の伝統にぞくする、
哲学――実はドイツ観念論――では、総て意識がそれの問題であり、
従って又その出発の地盤となっている。 近代哲学を代表するフッセルルの本質直観やベルグソンの直覚は、
意識の構造又は実質をどうやったらば捉えることが出来るか、
ということに答えている処の哲学的手段であるし、
新カント学派の課題と雖も、結局はこうした意識の問題を解くための
別な装置を見出すことに外ならなかった。 だが意識の問題は無論決してデカルトなどから始まったのではない。
ヘブライ思想とギリシア思想との結合者であった処の、
併し結局ヘブライの宗教意識の神学的組織者であった処の、
教父聖アウグスティヌスにまで、吾々はこの問題を溯らせることが出来るだろう。 意識は、近世に於ける資本主義的な個人の自覚によって初めて
公然と哲学の日程に上ったのではあるが、
それよりも前に、すでに人間の宗教的な内面性の観念と同伴して、
哲学の問題にまで提出されていたのである。 尤もそれが哲学に対する殆ど完全な支配権を得たのは
近世以来のことであると云って好く、
又同じ近世に於てもその支配する形態は様々であるが、 ――例えば表象として自覚として自我として理念として等々――、
吾々はその終局の起源をヘブライ思想が哲学体系にまで組織化されたこの
時期に求めねばならぬだろう。 処で更に、これ等の意識の哲学が、
観念の哲学としてみずからを特色づけることによって、
哲学史上の生存権を得ることが出来た、この点を注意せねばならぬ。 そして観念の哲学――それは観念の問題から出発する――は、
今云ったヘブライ思想に先立って、ギリシア思想の代表的な伝統の一つに外ならない。 と云うのは、夫はプラトンの世界観によって後々の不抜な思想体系のための
礎石として置かれたのである。 聖アウグスティヌスも近世に於けるカント又ヘーゲルも、
観念の問題から出発する観念の哲学としてである限り、
全くプラトニズムの範に従って出来上った。之が哲学思想に於ける観念論に外ならない。 かくて意識の問題から出発する従来の凡ゆる哲学は、それであるが故に又必然的に観念論に帰着する。 ――云い換えれば、従来、意識の問題は常に、観念論によって、
観念論的に取り扱われることが、本格的であったということが判る。 従来の多くの支配的な哲学――吾々はそれを正当な理由で広く
観念論と呼ぶことが出来る――は、意識(乃至観念)から出発する、
それがこの哲学の問題の地盤であり問題解決の鍵の所有者であり、
又最後の解答者でもあるのだ。 意識は無論哲学者だけにとっての科学的問題ではない、 之を何よりもの固有な問題とするものは寧ろ心理学者であるように見える、
心理学とは、心(Psyche)の、即ち又意識の、学でなければなるまい。 併し心理学と雖も、一旦之が意識だと一応決められたものに就て、 その意識の構造・機能・諸条件が何であるかは明らかに出来ても、
抑々如何なるものを意識と呼ばねばならぬかは、
最も基本的な問題であるにも拘らず、決して一義的には科学的に決定出来ない。 それは必ずしも心理学が発達していず又はその基本的な省察が
未熟であるからではなくて、其他の諸科学全般に於てもこの点に余り大した
相違がないのである。 でこの点は恰も一般に科学にとっての基礎概念――心理学では夫が意識である――が、 もはや単純には科学にだけぞくし得ない処の常識的な日常概念と
接触している最もデリケートな活き活きした点である、ことを告げている。 実際、意識という概念は、
それが専門的な心理学者によってどう決定され又どう是正されようとも、 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。