日常的に展開されるこれらの人権侵害は、すでに「警察国家」の域に達している。一般市民の人権
 意識は低く、まさかという反応と対応を示す。しかし、じっさいやられていることなのだ。

 戦前の状況の経験や知識のある人は、気づくに違いない。戦前の自警団・隣組に似ている、と。か
 つての市民は、異議を唱える自立心と勇気をもたなかった。それゆえ、関東大震災において他民族
 への殺戮が行なわれたし、鉱山労働の逃亡者へ鎌で追うようなこともした。今の防犯活動の状況は、
 まさしくこれを彷彿とさせるものである。

 全体状況を見回してみれば、いくら防犯といっても、これはやりすぎだ、ということに尽きる。防
 犯パトロールはなかば小権力化しており、「お上」の威光をかさに来て振る舞っているようにみえ
 るし、このボランティア活動に、ある特定の政治的団体が関与して容易に入り込み、権力化すると
 いう流れも疑われている。

 宮城で問題となったように、もし情報非公開とされている報償費がこれらの防犯パトロールに使わ
 れているとしたら、それは経済的にもバックアップされることであり、児童虐待通知義務法も検討
 される昨今、市民は否が応にも「密告社会」に巻き込まれることになる。


被差別部落民によるスパイ工作
あと、精神医療センターけろすけ氏によるものと思われている。