【戦闘機】日本陸軍航空部隊スレ 飛行第4戦隊 [転載禁止]©2ch.net
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>>497 横レスだが、動画の上空は雲に覆われている様に見えるが。 >>496 >問題の高度が6000mだって実施者側の資料が有れば異論は無いけど 挙げられたその二つのサイトは爆撃の「実施者」であるB-17の記録ではないようですが。 wikiはオーストラリア空軍に関する書籍からの引用。もう一つも同様にオーストラリア空軍の視点で米軍ではありません。 それに対して、先に挙げた梅本弘『海軍零戦隊撃墜戦記1』 によれば、 瑞鳳零戦隊が迎撃した第43爆撃航空群のB-17F 13機のうちの1機、ウッドロー・W・ムーア中尉の「カ・プフィオ・ウェラ」(ハワイ語でひどい災難の意)機の墜落状況で >米軍は、操縦席付近がB-17に当たった牧機は一瞬で火達磨となり墜落。 >当てられたムーア中尉機は爆弾を投棄した後、高度を失って行ったが、高度約3,000mで尾部がねじ切れ、海に墜落したと記録している。 「高度を失った後になお3,000m」と実施者であるB-17の米軍が記録しています。 また、これは迎撃側である日本の記録である >「瑞鳳」の岩井勉上飛曹(零戦初空戦の参加者でゼロファイターゴッドの渾名を持つベテラン搭乗員)は船団が爆撃の水柱に包まれるのを見て来襲を察知。 >B-17の第二波が3機、2機、2機、2機、2機の単縦陣、零戦と同高度6,000mで爆撃針路に入って来るのを発見した。 と、零戦と同高度の6,000m、高度3,000m以上であるという米側の記録と一致しています。 >>499 米豪共同作戦で友軍の進入高度を知っているので実施者ではないとは当らない 撃墜時の高度が爆撃時の高度と必ずしもイコールでは無い 6000mで爆撃したと直接の言及は梅本の抜粋だけでソース無し >>496 >悪天候の中で高高度爆撃では道理に合わない >>497 >物凄い視界がいい中での攻撃 >>497 にある「低空」の箇所ばかり見ていると「誤解」をしやすいのですが、 低空で攻撃を行う編隊の背景に注目すると多数の白雲が垂れ込めていることに気づくはずです。 低空で攻撃する分には確かに「物凄く視界がいい」といえますが、 高度をとり、遠方から水平線の彼方の敵機を発見しなければならない零戦側にとっては「視界が不良」とも同時に言えることが理解できます。 また、実際の天候を示す写真も上記の引用元(P.79)に掲載されており、無数の断雲により視界が不良(断雲により遠方が把握できない)であることが一目瞭然です。 そのキャプションには >3月3日、失敗に終わったオーストラリア空軍による雷撃が終わると、船団の上空6,000mに、高高度水平爆撃を行うB-17が現れた。 >当日、数多くの零戦が上空哨戒を行っていたが、雲が多かったため、「瑞鳳」の岩井勉上飛曹は、写真のようにB-17が船団を狙って投下した爆弾の水柱で空襲を知った。 とあります。 >>501 だからそれを裏付ける実施者側のソースが無きゃ >>500 >米豪共同作戦で友軍の進入高度を知っているので実施者ではないとは当らない 「友軍の高度を知っていた」というソースをどうぞ。これはあなたの推定であってソースがありませんね。 >撃墜時の高度が爆撃時の高度と必ずしもイコールでは無い 攻撃を受け、高度を失ってなお3,000mですから、6,000mでなくとも、 あなたが>>496 で挙げた7,000 ft (2,133m)を否定する記録といえますね。 >>502 >実施者側のソースが無きゃ 実施者のソースとして米軍の記録を挙げているので適切だと思いますが。 梅本氏の引用を否定するのであれば、あなたもオーストラリアではなく、実施者である米軍のソースを提示するべきですね。 >>504 共同作戦で互いの位置、進入経路や高度を把握するのは常識の範疇だと思うけどね 知らずにめいめい勝手に攻撃して奇跡的にエスコートを分断したとする方が不自然 ましてやアメリカ人ならメートル表記じゃなくフィート表記だろうさね >>506 つまり、ソースがない推測ということですね。 あなたの推測ですと、ミッドウェー海戦での五月雨攻撃も緻密に計算された空襲になってしまうのですが。 当然、アレは米軍同士ですが各部隊ごとにたまたま分進させた奇跡なんですけどね。 海戦を調べると、実はこういう意図せずに同時攻撃になる奇跡は日米問わず、思いのほかありますよね。 >アメリカ人ならメートル表記じゃなくフィート表記だろうさね 上記の本では意図的にメートル表記に統一されているだけで当然、米軍の報告書ではフィート表記でしょうね。 撃墜戦記は三冊ありますが、全編に渡って単位は(超低空を除いて)1,000m単位で大雑把に記載されています。 従って、6,000m、という正確な高度ではなく、5,000m以上、7,000m以下と捉えるべきでしょう。 もっとも、ここで問題となっている「高高度爆撃」という点とは無関係な話題ですが。 結局梅本氏の本からビタイチ離れて無いじゃん ビシッと高度が20000いくつかフィート前後だったて海外サイトなりを出せば良いじゃん 一定の評価を得た人物とは言えモデラーの本が 当事者であるオーストラリア軍のレポより上と言ってしまう辺りお察し 客観的に見てID:+u6eQ2dDの説明のが合理性があるな 実際B-17の方に向かって低空の敵機に対応できなかったのは変わらんのに 何を揚げ足取りみたいな詰まらん話を続けてるんだ >>501 逆に連合軍側は容易に日本船団を補足できてる ということに対しては説明できてない >>501 >低空で攻撃する分には確かに「物凄く視界がいい」といえますが、 高度をとり、遠方から水平線の彼方の敵機を発見しなければならない零戦側にとっては「視界が不良」とも同時に言えることが理解できます。 主語をB17と船団に替えても成立する話を零戦側にとって不利と一方的に断じている頭の悪さ つまり要約すると一号作戦を成功させた疾風はすごいということだな。 多号作戦 29隻の船が沈没 潜水艦1隻が沈没 多くの部隊は海没し 上陸した部隊もほとんどは 重装備海没(大砲・砲弾・自動小銃)で陸揚げできず ほぼ非武装状態での上陸で 全く無意味に人命と装備を浪費して終わった 多号第二次作戦なら>>148 以降で既出な 新しい情報なら追加してくれ ソース付きで >>515 >上陸した部隊もほとんどは >重装備海没(大砲・砲弾・自動小銃)で陸揚げできず >ほぼ非武装状態での上陸で >全く無意味に人命と装備を浪費して終わった ? American casualties were also high. Ground combat losses for the Sixth and Eighth Armies were almost 47,000, some 10,380 killed and 36,550 wounded. Non-battle casualties were even heavier. From 9 January through 30 June 1945, the Sixth Army on Luzon suffered 93,422 non-combat casualties, including 260 deaths, most of them from disease. The Battle Of Luzon Compared With Other Battles Of World War II http://6thinfantry.com/6thinfantry/the-battle-of-luzon-compared-with-other-battles-of-world-war-ii/ >the Sixth Army on Luzon suffered 93,422 non-combat casualties, 一つの例外をのぞき、ルソン島で第六軍の麾下部隊となった全師団は、少なくとも以前に一度、 作戦に投入されたことがあり、それら師団の大半は二度、戦闘を経験した。六個師団全将兵の 三分の一にも達する隊員が、三年間も海外に派遣されたままであった。これらの隊員は疲れ、 戦いにうんでいたが、休息したり、気力体力を回復するための時間をあたえられていなかった。 補充部隊の到着は遅々としており、またその員数が欠員をうめるには非常に足りなかったので、 第六軍は非戦闘員の死傷により生じた定員不足は、うめることができなかった。 「ドキュメント神風 下」(デニス・ウォーナー ベギー・ウォーナー 妹尾作太男 徳間文庫) >>508 それがあればそもそもこのようなレスのやりとりにはなっていないですしょう。 >>509 ではあなたのように、 著者の印象、しかも『ビルマ航空戦』や『雪中の奇跡』のように両軍の史料を丹念に調べ上げ、著者として一定の評価を得ている梅本氏に対して 「モデラーだから」という極めて抽象的な言葉でその著書の内容を軽んじることが正しい姿勢なのでしょうかね? >>515 >29隻の船が沈没 >潜水艦1隻が沈没 トラック島空襲と比べれば、かなり少ない損害で任務を達成したことになるわけだが? トラック島空襲(トラックとうくうしゅう)もしくは海軍丁事件(かいぐんていじけん)とは、太平洋戦争中の1944年2月17日-18日 になされたアメリカ軍機動部隊による日本軍の拠点トラック島への航空攻撃である。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E5%B3%B6%E7%A9%BA%E8%A5%B2 多号作戦(たごうさくせん)は、太平洋戦争(大東亜戦争)で日本海軍の実施したレイテ増援輸送作戦のこと。 主な揚陸地の名をとりオルモック輸送作戦とも呼ばれる。1944年(昭和19年)10月末から12月中旬までレイテ島へ の増援部隊輸送を第9次作戦まで繰り返した。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E5%8F%B7%E4%BD%9C%E6%88%A6 >511>>512 >主語をB17と船団に替えても成立する話を零戦側にとって不利と一方的に断じている頭の悪さ すでに前日から船団への攻撃が開始され、船団の位置は連合軍側に知られています。 すでに狭い海峡を通過し、位置の判明した船速の遅い船団を発見することと、 何時、どの高度からどの方角から襲来するか予測できない零戦側と同列に語る方がどうかと思いますが。 それにしても ID:66Ww55MI氏は豪州空軍の記録である7,000ft=約2,000mが正しいとお考えのようですが、 その場合、 日本語wikiの出典である『図説太平洋海戦史』第3巻5に、 3月2日、B-17は2,000mで爆撃、3日は高高度で爆撃 と同一文献内で書き分けていることに対してどのような解釈をされるのでしょうね? 同一の高度であればわざわざ2日と3日で記述を変える必然性はないように思えますが。 そして、2,000mでの爆撃は高高度ではないと考えるのが一般的かと思われます。 >>520 馬鹿じゃねーの 2日も3日も爆撃高度同じなら尚更説得力あるだろ、ろくな対空火器も無いからナメプされてるだけ お前が言う曇りの中で高度6000mで爆撃がナンセンスなんだよ ID:+u6eQ2dD 四の五の屁理屈並べて無いで米軍なり豪軍なりの一時資料持ってこい、出来なきゃあんたの屁理屈でしかない >>513 >>514 1945年になると中国大陸にもグラマンヘルキャットが飛んでくるので(「陸軍航空隊撃墜戦記2」 梅本弘)、 それまでは陸軍航空隊が支那派遣軍への敵機来襲を阻止していたといえる。 >>523 米軍主力はヨーロッパへ向けられてたから、大陸打通作戦の成功はドイツのおかげ。 日本軍はドイツの悲しい犠牲の上で、大陸打通作戦がやらせて頂いた。 >>523 総統閣下は皇軍の勇気に感嘆すると同時に、その武装と技術の悪さを嘆いた。そこで訪独潜水艦に ドイツ兵器を満載して、これで大陸打通やってこいと、総統閣下は激励してくれた。 ソ連は日ソ中立条約で、チンピラゴロツキ討伐を支持してた。ドイツ降伏後もすぐには参戦せず、 これまたチンピラゴロツキ討伐への理解の現れだった。 >>523 もし米英が日本軍の大陸打通作戦を阻止しようとすると、これまたDデイを大幅延期せざるを得なくなる。 >>520 >すでに前日から船団への攻撃が開始され、船団の位置は連合軍側に知られています。 暗号解読の優位というか、ミッドウェー海戦と同じってことでいい? >>525 朝鮮戦争で米軍は、その「チンピラゴロツキ」にも大苦戦してるけどなw 鈍い船団の位置なんて数時間接触が途絶えてもすぐ分かるだろ 敵機の行動圏内を簡単に抜けられないから駆逐艦にドラム缶載せて運んだりしたんだからな 暗号の解読をして多号船団の出港を知っていても、 P-38の小編隊では、疾風の大編隊は阻止できない。 米軍主力をヨーロッパへ向けざるを得なかったのは、 スピットファイアが航続距離短すぎ、タイフーン・テンペストが高空性能悪すぎで、 高空性能のいいP-47や、航続距離の長いP-51を爆撃機の護衛に使わざるを得なかったという理由がある。 もし英国空軍に疾風や隼のような万能汎用戦闘機があったら、P-51やP-47はいらなかった。 疾風の大編隊 >>156 >例えば、陸軍側の視点から見た11/1の上空掩護の内容は一資料によれば以下の通り。 > >この日は四式戦だけではなく、三式戦も一式戦も上空掩護を行っている。 > >掩護計画としては三式戦と一式戦が常時十数機船団上に3交替で張り付き、 >危険度の高い早朝・夕刻・オルモック到着時に四式戦をその上層に配置することとした。 >四式戦の出撃単位は6〜8機。 >>168 >11/1の紫電・零戦隊の役割は攻撃隊41機の制空隊としてのレイテ湾およびタクロバン、ドラッグの制圧だよ。 >目的は事前の作戦要領に従い、輸送の間接支援。 タイフーンやテンペストがやっていた低空攻撃などは、 別に2000馬力級の新型単座戦闘機でなくても、P-40やハリケーンのような旧式戦闘機でもできる任務だった。 V-1は迎撃できても、どっちみちV-2は迎撃できない。 V-2号は発射トレーラーを見つけて片っ端から吹き飛ばす以外なかった その点では対地攻撃機として使ったのは正しかったとも言える >>522 一次史料を絶対視する根拠を示してください。 一次史料が事実と異なることは往々にしてあるわけですが。 合理的な説明もできない、あなたの発言こそ屁理屈といわざるを得ませんね。 そもそも7,000ftというのも>>496 にあるように正式な米陸軍や豪州空軍の記録ではないので、正式な「一次史料」ではないんですよね。 wikiはオーストラリア空軍について研究家が書いた著書であり、もう一つも証言として挙げられているに過ぎません。 仮に後者の豪州空軍パイロットの証言を「一次史料」として採用するのであれば、 迎撃した日本側の岩井勉上飛曹の著書『空母零戦隊』P.143〜には >われわれが高度6,000mで船団上空に達したとき、敵の第一次攻撃隊の姿は見当たらず、第二次攻撃隊B-17が単縦陣で、われわれと同高度で爆撃進路に入ってくるところであった。 と、 >>499 で私が梅本氏の『海軍零戦隊撃墜戦記1』とほぼ同一の箇所があり、 梅本氏は当日、B-17を迎撃した岩井上飛曹の証言=「一次史料」を転載しているにすぎません。 失礼しました。訂正です。 >>537 >もう一つも証言として挙げられているに過ぎません。 >>496 の後者はKEN WRIGHT氏の記述部分からの引用で、当日参加したパイロットの証言箇所ではありませんでしたね。 つまり、>>522 の言うところである「一次史料」ではありませんでした。 要は当事者ではない梅本氏の著書と立場は変わらないわけです。 一応、こちらは当事者の一次史料として岩井氏の著書を挙げているわけですから それならばなおのこと、7,000ftという記述には疑問が生じてしまいますね。 四式戦を上層に配置して、船団の直上に三式戦と隼を配置すれば、 米陸軍機がどんな高度から来ても一蹴できる。 格闘戦を挑めば隼に食いつかれ、急降下で逃げようとすれば飛燕に追いつかれ、 水平飛行で逃げても、急降下する疾風に追いつかれるのだ。 もはや米陸軍機に逃げ道はないといっていい。 独立第103飛行隊て漫画でビスマルク海戦でki-61使って上空から急降下して 低空の爆撃機を攻撃する描写があったな 創作物だけど上空から見方の船がやられるの見てるしかできなかったのは 悔しかったと思う 当時の戦闘機って所詮その程度の機動性しかない代物だったんだよな… 高度差付けて数で攻められればこっちも高度差付けて数で対抗するしかない 「いいか、ヒヨッコども、オスカー相手にドッグファイトは自殺行為だ。一撃離脱だ!」 「トニーがきたらどうしますか、リーダー?」 「トニーの弱点は上昇力だ。ゆるく上昇するんだ。急降下すると追いつかれる。」 「フランクがきたらどうしますか、リーダー!?」 「フランクは水平速度も急降下も速い。むしろ運動性がイマイチだ。だからえ〜と・・・・」 「オスカーとトニーとフランクがいっぺんに来たらどうしますか、リーダー!?」 「・・・・・、バタン。」 「リーダー!!!!」 ビスマルク海海戦の頃には4式戦はおろか 三式戦の例の大問題のラバウル初進出が 4月27日なので2月弱前だな ニューギニア方面の陸軍航空隊投入は 1942年11月に決定 同年12月18日に初進出 3式戦の実際の初戦闘は 1943年5月15日 これまでは基本的に戦闘機は1式戦 トージョーはドゥーリットル空襲後に帝都防空のために召還されている。 結局、攻撃した米豪側の記録無かったんだろう ID:+u6eQ2dD スレチ長文いい加減失せろよ 筒状の胴体を持ったトージョーの搭乗員が塔上に登場した! 結局連合軍はタイマンじゃ勝てないポンコツ航空機しかなかったが作戦勝ちで勝利した 立派じゃないか >>547 ID:+u6eQ2dDは米側の記録から引用している梅本本で、日本側の証言とも一致 7,000tはネットにあるwikiやらを元に言うだけで、元の出典に当たったわけでもない 一次史料ガーとかオーストラリアの記録ガーと7,000tにこだわる人間がいなければ、長文を投下する必要もなかったわけでID:+u6eQ2dDを責めるのは筋違いでしょ >>550 その米側記録なる物が梅本の本以外ソース無く日本側の記述だけで 米豪の海外資料じゃ高高度爆撃したって記述は無いから揉めてんだろ 日本側が高空でB-17と交戦したのと爆撃高度にしては高すぎるってのは矛盾しないけどな 迎撃が予想される場合は高度上げて接近して敵戦闘機に遭遇したら高度を下げながら加速 戦闘機を振り切って少し低い高度で爆撃する戦術もある 特に戦闘機の高度が低い場合は爆撃機の後方から少ない速度差で追いすがる形になるんで 爆撃機の防御放火で相当な被害が出る どっちみち普通に考えてノルデン照準機付のB-17で低空爆撃なんかしないだろ。 >>553 3月2日の空襲でB17隊は高度2000mで爆撃し旭盛丸を攻撃、撃沈している 問題の3日では0723に低空進入のボーファイターを撃退、0750に敵大編隊を確認、0755にB17隊が爆撃開始となってる 高高度説を時系列で見れば直援隊は大編隊を発見後に脅威度の低い高高度の目標を他の脅威度の高い目標そっちのけで狙ったマヌケって事になるが 中高度説なら確実性が増し爆弾搭載量の多いB17の脅威は増すので旭盛丸撃沈も踏まえ直援隊の判断は妥当と言える 文字数制限あるわけじゃないんだからハイフン省略すんなや 当時の技術で 6000mから対艦攻撃とかほぼ不可能だろう また零戦側が哨戒高度6000mというのは、妥当な高度でしょう 会敵時B17が6000mから緩降下で2000m近辺まで来てから爆撃 という辺りではないだろうか 快適時の高度と爆撃時の高度は違うんじゃない また、ビスマルク海海戦で行われた反跳爆撃は概ね高度60-75mで行うものらしい 前日に低い高度で爆撃したのも雲量が多い事情もあるし、高い高度じゃ投弾はおろか接敵もおぼつかない >>554 B-17を迎撃したのは瑞鳳隊の18機だけで 他の40機近くは護衛のP-38や低空のB-25やボーファイターと交戦していた事実を無視してマヌケというのはどうかな 前日に旭盛丸がB-17の水平爆撃で撃沈されている以上、 低空の爆撃隊を同時に発見したわけでもないのに B-17を護衛の零戦が無視するのは妥当な判断とはいえんでしょ >>556 B17を含め戦爆連合群が攻撃態勢に移行して高度を下げるってのは 戦術的な理に適っているし海外ソースの爆撃高度とも合致すると思う B17の高度に言及してないけどNHKアーカイブの証言のビスマルク海戦 http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/movie.cgi?das_id=D0001130109_00000 >>554 >> 558 無線が使えない零戦でそこら辺の妥当どうこう言っても始まらんのでは… >>556 >>559 一連の攻撃が30分にも満たない時間で行われた事実を踏まえると 零戦と交戦するB-17は極めて短時間で4,000mも降下したことになる。 しかもその間、緩降下中のB-17に対して瑞鳳の零戦隊は正面攻撃をかけ続けていた。 緩降下を続けるB-17に対して反復して正面攻撃をかけ続けられるものだろうか? 同一機が正面攻撃を反復でかけるなんて相手も反転を繰り返してないと無理 水平飛行してようが降下中だろうが不可能 別の機が次々と行うのなら多少高度を落としつつある相手にでも可能だが 瑞鳳隊の戦闘加入が08:05時系列上で言えばB17隊の爆撃後という事になる 英語版のwikiだと6,000フィートの高度で爆撃したB-17は第一波で第三波のB-17は より高高度から爆撃して5発命中を主張したとなってるな 瑞鳳隊が交戦したのはこっちじゃね ちなみに第三波がきた時には先に飛来したボーファイターとB-25は爆弾を使い尽くして 船団の三分の一が被害受けてた 第三波は低空のA-20と高空のB-17が同時飛来で上空のB-17が脅威に感じてそちらへ向かった て説明と一致するな もし第3波攻撃がずっと後の13:00頃の攻撃だとすると 朝から盛大に中低空進入の攻撃を受け半数が被害を受けてトドメの頃合 B17も前日も含め数度に渡り中高度進入で爆撃してるとなると 3日の第3波攻撃だけの話ならB17=高高度爆撃って話が崩れる でドンだけ零戦は敵機を落としたんだ?20機くらいはやったんだろ? 米軍が同じ規模の日本機を同じ規模で迎撃したらそれ以上は間違いな く落とすぞ? B-17が低空爆撃もしてたってだけの話で高空爆撃のB-17に対応するのに低空の敵機を 阻止できなかったという話が矛盾するわけじゃないな B−17と同じ規模の日本機なんかあるかよ。 深山連山を実用化してたわけじゃあるまいし。バカか。 二式大艇ディスりやがったな許さねえ あれで戦略爆撃までやらかしてるからな 100機そこそこしか作られなかったのが惜しまれる・・・ ビスマルク海海戦 米側損失 2 bombers, 4 fighters 日本側損失 8 transports, 5 destroyers 20 fighters 爆撃機取り逃してるどころか 20機も零戦落とされている >>567 アメリカの損害 B17が1〜2機と戦闘機2〜3機 軽爆の撃墜無し 日本の損害 船団全滅、護衛駆逐艦半数沈没 零戦25機撃墜 >>568 サッカーで言えばマーク外の選手にハットトリック決められて追い討ちでマークして選手にもゴールされたヘボチームのコメントみたいだな 日本版イスラム国=日本海軍 アメリカのラムズフェルド元国防長官やアーミテージ元国務副長官が「旭日大綬章」を受章 「1532」 戦後作られた「海軍善玉論」神話(海軍は、ずっと平和主義者だった。悪いのは陸軍だった、という歴史の捏造。)。 海軍の“海軍反戦トリオ(米内、井上、山本)”は、戦後の創作(でっちあげ、虚構)であり、彼らは始めから敵と内通していた英米派だった。 海軍は、陸軍とは断固協調しないで、日本を始めから戦争に負けるように仕向けたのだ。 米内(光政、よないみつまさ。開戦時もずっと海軍大臣だった。こいつが軍人では最大のアメリカの手先。 極東軍事裁判でも、絞首刑になったのは、東條英機以下6人陸軍ばかりで、あと一人は外交官の広田弘毅=ひろたこうき=だ。 海軍は、ひとりも死刑になっていない。起訴さえされていない。このことのおかしさを、日本国民は、真剣に考えなければいけない。 南雲忠一(まぐもちゅういち)、栗田健男(くりたたけお)(聯合艦隊司令長官)ども!!!許さん。 それから、航空隊の司令官の、源田実(げんだみのる。戦後もずっと自衛隊代表で、参議院議員をやっていた)。 お前たちも、心底、怪しいのだ。始めからアメリカとつながっていた、スパイ軍人どもだ。 ミッドウエー海戦という決定的な敗北を喫した。山本は、ずっと呉(広島)の戦艦大和の艦橋に居て、無線で指令を出していた。 無線封止(むせんふうし)さえしていなかった。これらはすべて露見している。 ミットウエー海戦で敗退したあとも、山本を連合艦隊長官から罷免せず、単に海軍内の庇(かば)い合いだけをした。 本当は、ミッドウエーには、戦艦大和 が先導して、空母艦隊を守りながら、戦闘(海戦)をするべきだったのだ。 この時の、「飛龍」艦長、山口多聞少将(第2航空戦隊司令官)の戦い方と死に方こそは、帝国海軍の軍人の鑑(かがみ)である。 「私たち海軍は、平和主義だった」などと、よくも、アメリカの奴隷になった軍人どもは、言えるものだ。 親米売国トリオ → 中曽根、小泉、安倍 急に発表になった(着々と準備をしていた)「防衛装備庁」、1800人体制で発足。文部省についで2位の規模。日本は「死の商人」に突き進んでます。 https://twitter.com/tokoton_studio/status/644508002704343041 神浦 元彰 自衛隊員を生け贄として、アメリカに差し出す戦争法案が明日、強硬採決されるようだ。これは安倍首相と外務省のクーデターと思う。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/620758043412725760 これは終わりではない。新しい戦争の始まりである。自衛隊は米軍の一翼として世界の戦場に派兵される。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/644453166637907968 米海軍が導入する「共同交戦能力(CEC)」も、今年度から建造する海自のイージス艦に配備する。すでに海自と米海軍は一体化が進行。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/646102068168536064 海自は創隊時から米軍の空母機動艦隊を守るだけの役割を担わされた。その精神は対米追随どころか、米海軍と一体化が理想。連合艦隊の精神など皆無。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/641757312814743552 日本が本格空母を保有しない理由は、日本がアメリカに敵対心がないことを示すため。そんな軍事・政治的存在の米空母に日本の首相が乗艦か。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/655888364407664640 アメリカの軍事戦略に貢献すれば、長期政権が可能と証明したのは中曽根元首相と小泉元首相。 反対にアメリカ政府に公然とノーと言って政権を失ったのは田中元首相と細川元首相。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/612958385768521729 アメリカは 中曽根元首相を通して1機106億円もするP3Cを 自衛隊に100機も売りつけることに成功した。 そして中曽根は賄賂としてロッキード社から 30億円を受取ったが刑事問題にされなかった。 https://twitter.com/neko_aii/status/634376168540520449 特別措置法でインド洋やイラクに派遣された自衛官のうち、54人が自殺。小泉元首相の政界引退はこのためか。 https://twitter.com/kamiura_jp/status/603543738325934081 >>572 大陸打通作戦のチンピラゴロツキ殺戮3500万とは大違いだよなw サッカーで言えば観客がレーザー照射したり乱入してボールさらっていく朝鮮サッカーだったからな ビスマルク海海戦では結局 零戦は20機撃墜されて、その倍くらいがダメージを追ってしまったらしい 爆撃機に追いついたが返り討ちにあったのと P38にフルボッコにされた感じみたい やはり零戦は爆撃機撃墜には向かない機体だな 防御火器で先にほとんどやられてしまう >>576 日本は、中国とだけ戦争していれば、絶対に勝ってた。 『・・・1942年から43年の間、P−40航空隊は北アフリカ、 シシリー、イタリアの航空戦で鍵となる役割を果たした。ある日の彼らの 任務は爆撃と機銃掃射であり、別の日は中爆の戦闘護衛であった。 その欠点にもかかわらず、この種の航空戦においてカーチスP−40は 優れた兵器であった。それは決して高速で高高度を飛行できる機体では なかったが、タフで、信頼でき、重武装で、相当量の爆弾を携行でき、 そして中国や太平洋と異なり、交戦した敵機よりもマニューバブルであった。 P−40パイロット達は、より最新のライトニングやサンダーボルト やマスタングで飛びたいと願っただろうが、ウォーホークはその時点での 唯一の米国戦闘機であり、彼らはそれでベストを尽くしたのだった。・・・』 (カール・モールスワース、MTOのP−40ウォーホークエース (オスプレイ社刊)より引用) http://www.geocities.jp/yoyuso/p40/p40gall.html >零戦は20機撃墜されて、その倍くらいがダメージを追ってしまったらしい それはアメリカ側の報告戦果 実際の両軍の喪失記録は 日本 零戦4機喪失 「瑞鳳」1小隊2番機、壇上滝夫上飛曹 自爆、3小隊3番機、牧正直飛長(ムーア中尉機に体当たりまたは衝突で戦死) 204空1中隊2小隊2番機、矢頭元佑飛長 不時着水後、戦傷死、2中隊2小隊1番機 西山静喜二飛曹 行方不明 アメリカ 第43爆撃航空群 B-17F 1機喪失(牧飛長の体当たりまたは衝突)、B-17 3機被弾多数 第39戦闘飛行隊 P-38F 3機空戦で喪失 第90爆撃飛行隊 B-25C 1機空戦で喪失 第30飛行隊 ボーファイター 1機空戦で被弾、胴体着陸 零戦がP-38にフルボッコなんて事実はないようだ 因みに被弾したB-17、3機は ・イースター中尉機 無線手、機関士、射手の1名が投下前に負傷、機長のイースター中尉も投下後、頭部と胸部に銃弾を受け負傷。被弾多数 ・ハルカット大尉機 機長と機関士が負傷。爆撃を断念し、爆弾を投下して帰還。被弾多数 ・クローフォード大尉機 機長、射手2名、爆撃手が負傷 被弾多数 このように満身創痍の状況であり、>>578 の妄想とは異なり、 零戦隊がB-17に対して果敢に戦闘を挑み、損害を与えていたことが窺える 異様に零戦を貶めようとして無知を曝す人がいるね。かわいそうに >>582 >異様に零戦を貶めようとして無知を曝す人がいるね。かわいそうに バグラチオン作戦と大陸打通作戦を比べてみると、それとこれとはあべこべだ。 中国人の筋金入りの知能障害は、P-51の航空優勢を台無しにしてしまったのかと。 >>581 やはり零戦は防空戦闘機として大型機を撃墜するのにはかなり問題がある期待のようだな。 零戦は4発機をほんとに落としてないね おそらく大戦全期間を通じても撃破数は1,000機を超えるだろうが、撃墜数では100機にも満たないのではなかろうか なにせラバウル航空戦ですら月に数機しか実際には落としていなかったレベルなのだから もっとも陸軍にしても落としているのはビルマ戦線くらいなもので 零戦という機体よりも日本機全体にいえる話なんだけどね >>585 >零戦は4発機をほんとに落としてないね 戦争の最終段階において、中国空軍はソ連から供与されたミグ4000機のうち2000機を朝鮮半島に展開 させていた。被撃墜数は850機、また1000機以上が損傷や事故、故障により失われている。 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5870/statiya5.2.html 正真正銘のB-29です。尾翌の番号から、機体製造番号は、45-21739で、 米国のB-29関連のHPに記載の番号と同じでした。展示説明板には、 ハングルの他に英文で次ぎのように説明していました。 『世界的に有名なB-29は、第二次世界大戦と韓国戦争の3年間を通して 任務を果たした。韓国戦争でのB-29は、延べ22,983機出撃し、197,000 tonの爆弾を投下した。しかし、34機のB-29を失った。 この超空の要塞は、18個に分解され、1972年3月にカリフォルニアの チャイナレイクからソウルへ輸送した。そのB-29は韓国空軍によって 再組み立てされ、そして、1972年8月以来Yoid Museumに展示された。』 http://www.sun-inet.or.jp/ ~ja2tko/jap/jap.trip/trip.korea.html 中国−ビルマ−インドとマリアナ基地からの作戦全般を通じて第20空軍は、あらゆる原因によるものを含め、 B-29爆撃機485機、戦闘機212機を失った。この間、戦死または行方不明となった搭乗員は合計3041名に達し、 攻撃行動中の戦傷者は332名。他方、B-29爆撃機延べ33047機、戦闘機延べ6276機が日本爆撃に出撃した。 損害率は、B29は1.5%、戦闘機は3.4%であるが,B29搭乗員の死傷率は1%にも達しなかった。 (戦後刊行された『アメリカ戦略爆撃調査団報告第66号』「B29部隊の対日戦略爆撃作戦(第20航空軍)」 ;本土空襲の記録引用) http://www.geocities.jp/torikai007/war/1944/b29.html >>586 本土の爆撃機防空任務は 基本的に陸軍の管轄な B29を一番落とした日本機は飛燕で その次が二式単戦・二式複戦とか 海軍も基本的には月光とか 単純に役割分担的にそうなっていただけ 零戦はB29迎撃任務自体あまりやっていない 零戦は4発機相手もダメだが それ以上に双発機もほとんど落とせていない方が問題かな ビスマルク海海戦に限らず B25・ボーファイター・A20辺りの 巡航速度300km後半・最高速度500km弱の爆撃機は 巡航速度300km近辺しかない零戦は補足自体が難しい 取り逃してまくり >>588 >零戦は4発機相手もダメだが >それ以上に双発機もほとんど落とせていない方が問題かな バグラチオン作戦と大陸打通作戦では、何が違うのかを考えてみろ! 日本兵は夜も眠らず飛行機も追いつけない速さでチンピラゴロツキを殺戮しまくったのか? あるいは中国人の筋金入りの知能障害は、P-51の航空優勢を台無しにしてしまったのか? >>590 米英としては「ドイツ打倒優先」で、シナ戦線までは手が回らない。 かといってあれ以上Dデイを遅らせたら、西ドイツがソ連圏に入ってしまう。 >>587 >B29を一番落とした日本機は飛燕で 飛燕が捨てられ、5式戦闘機に換えられたのはなぜ? >>591 チンピラゴロツキを救済するためにDデイが遅れちまっただなんて、シャレにもならんだろww Ki-61は三舵のバランスが良くて射撃時の座りが良いのも特徴 急降下番長で上空から爆撃機を狙うのに最適だったのも大きい 陸軍機は射撃時のすわりがいいのが多いよな。確か疾風も鍾馗も座りがよかっただろ。 隼はわからない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.5 2024/06/08 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる