「敵らしきもの一〇隻見ゆ。ミッドウェーよりの方位一〇度二四〇浬、針路一五〇度、速力二十ノット、〇四二八(注:午前4時28分、日本時間)」
南雲中将をはじめ司令部の人々は愕然とした。(中略)
「敵らしきもの十隻、とはなんだろう」
と、参謀たちは首をひねった(『ミッドウェー』より)

さらに約一時間後、粘り強く触接(しょくせつ)を続けた同機はついに「敵空母らしきもの」一隻の発見を報じてきた。この期におよんでなお、司令部では、
〈それでも、なお「らしき」ときているので、ほんとに空母がいるのかなあと、半信半疑の割り切れない思いを抱いている。〉
と、『ミッドウェー』には記されている。あたかも、甘利機の索敵報告に不備があり、それが司令部の判断を遅らせたと言わんばかりの書き方である。

「冗談じゃない、『らしきもの』という表現は、暗号書に正式に記載されている信号文ですよ。確認しているうちに撃墜されたら元も子もないので、敵らしきものを発見したらまずそう通報するように、偵察員は教育されている。
『まず第一報を入れよ、その解釈は司令部が考える』というのが、洋上索敵の大前提なんです」

と、憤りをあらわにしたのは、このとき、空母「加賀」から発進した索敵機、九七艦攻の機長だった吉野治男さん(当時・一飛曹、のち少尉)である。

「フロートのついた低速の甘利の水上偵察機が、敵戦闘機や防御砲火を避けつつ、ここまで触接を続けられたのは大変な努力の賜物です。
よく映画で、索敵機が高い高度から雲越しに敵艦隊を発見したように描かれていますが、そんなことはありません。高高度からだと天候に左右される上に敵に発見されやすく、逆に敵艦を見つけにくい。
索敵機の飛行高度は300〜600メートルが通例で、私のこの日の飛行高度は600メートルでした。
低空を飛んで、水平線上に敵艦を発見した瞬間に打電しないと、こちらが見つけたときには敵にも見つけられていますから、あっという間に墜とされてしまう。
敵に遭えば、墜とされる前に、どんな電報でもいいから打電せよ、と私たちは教えられていました。